小川洋子さん6年ぶりの長編小説『サイレントシンガー』が発売された。ヨルシカのn-bunaさんは小川さんの作品世界に傾倒し、ヨルシカの楽曲にも影響を与えていると語る。顔出しをしないn-bunaさんと小川さんの、きわめて異例の初対談が実現した理由である。はたしてn-bunaさんはどのように読んだのか?

『サイレントシンガー』

小川作品の新たな到達点

小川 お久しぶりです。以前はコンサートにお招きいただき、ありがとうございました。

n-buna 小川さんの作品を学生時代からすごく大切に読んできたので、「前世」という二〇二四年の公演の際にファンレターを書いて、来ていただいたのでした。

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小川 大阪城ホールの大きな会場で、音楽だけでなく朗読があったり映像もあったりして、初めての体験でした。朗読されていたのはn-bunaさんご自身ですよね? 短篇小説の朗読が音楽と響き合い、聴いているうちに段々とコンサート全体のテーマである前世につながってゆく。そこに至った瞬間、ぞくっとする興奮を味わいました。

n-buna 聴いていてお分かりになったかと思うのですが、小川さんの文章に直接的な影響を受けているので、観ていただくのが恥ずかしかったのですが、でも、そのような感想をいただけて、本当に嬉しいです。

 今回は新作『サイレントシンガー』をいち早く読ませていただき、ありがとうございます。文章も構成もとても美しくて、描きたいものがすごく伝わってきて、ここが小川さんの新しい到達点なんだなと感じました。

小川 ありがとうございます。

表現と老い

n-buna 小川さんの作品には、老いへの向き合い方というテーマが、描きたいもののひとつとしてあるように以前から感じていましたが、本作にもそれを意識する瞬間がたくさんありました。また、その「老い」というのが、本作の場合には、表現をすることのメタファーにもなっていると感じられて。表現をする自分がどの瞬間に終わるのか、これは文章に長いあいだ向きあってこられたからこそ描けることなんだと分かります。

 

小川 老いの先には死があります。つまり、無言です。さきほど、新しい到達点とおっしゃって下さいましたが、これまでずっと言葉から遠く離れた場所にいる人間を求め、描いてきました。そして今回、とうとう無言にたどり着いた、という感じです。歌を歌うこともまた、老いと無縁ではいられないと思うんです。ある種の肉体労働ですからね。スポーツ選手のようなもので、本当に納得できる歌が歌える期間は、人生の中で短いはずです。歌い手である主人公のリリカが最後にどうなるのか、書きながら悩みました。彼女はとても耳が良いので、自分の歌が衰えてきたら一番に気づくはずですし、歌えなくなった彼女がどこへ向かうのかが、最後まで分からなかったんです。最終的には、私が歌っているんだということを一度も主張せずに、無言のうちに去っていく、というつくりになりました。