歌舞伎町の住人
新聞のベタ記事にしかならないような事件が、ここまで大々的に取り上げられたのは、ホストとその客が起こした事件だったということが大きかったのではないか。そのため、私の中の、さらに取材を重ねる動機として、仕事で得た成功体験に加え、世の中の人々はここまでホストとそこに通う女性たちに興味があるのかと、どこか軽い物見遊山的な気持ちがあったことは否めない。
だが、事件の取材を続ける中、A子が琉月さんに宛てた謝罪文を入手したことで、その気持ちに変化が生じた。
そこには「苦しい思いをさせてごめんなさい」「気持ち悪くてごめんなさい」と、ひたすら「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」と、謝罪の文字が綴(つづ)られている。一方で、「2カ月という短い時間でしたが、夢のような幸せな時間をありがとうございました」とも書かれていた。なぜ、21歳という若さで事件の加害者となり、自分や家族の人生を棒に振るような状況に陥りながら、それでもなお「夢のような幸せな時間をありがとう」と言うのか――。その気持ちがどうしても理解できず、ホストにハマる女性、通称「ホス狂い」たちの取材を本格的に始めることになったのだ。
しかしいざ始めてみると、取材は想像以上の困難を極めた。歌舞伎町の住人は、「よそ者」に対して徹底的に冷たいのだ。突然、記者が街に来て「なぜホス狂いになったのか。ホストの魅力や、普段どういう生活をしているか教えてください」と声を掛けても路上で足を止めてもらえることもないし、SNSから送ったダイレクトメッセージに返信が来ることもない。特にコロナ禍において、距離の近い接客や、酒類を提供する歌舞伎町のホストクラブは「悪の温床」として名指しで糾弾されており、マスコミに対する警戒心が強く、取材は難航した。こうなったら、自分も歌舞伎町の住人になるしかない――。
私は週刊誌で「離婚」や「熱愛」の芸能ニュースや別の事件を追う傍ら、歌舞伎町に部屋を借り、住み込むことにした。
ホスト刺殺未遂を起こしたA子は典型的な「ホス狂い」で、当時はA子のようにSNSなどで「ホス狂い」を名乗る女性が多く現れた時期でもあった。「今日はこれだけ稼いだから100万、担当ぴ(指名しているホストのこと)に使うぞ!」などと、帯封付きの札束をアップする者、推定50万円は下らない「飾りボトル」の写真とともに、担当と自分のラブ・ポエムをアップする者、中には「ホス狂いあるある」で単著を出す者など、まさに“群雄割拠”。
その中でもひときわ目立っていたのが「りりちゃん」で、彼女は歌舞伎町のホス狂いたちの間で、カリスマ的存在となっていた。