「平成の怪物」、松坂大輔。横浜高校で甲子園を春夏連覇し、その名を世に轟かせた彼は3球団競合の末、交渉権を得た西武ライオンズへ入団を果たした。当時を振り返り、松坂は「大人の世界の怖さを思い知らされて、イヤな思いをさせられました」と振り返る。
そんな彼は、どの球団に行きたいと考えていたのか。ベースボールジャーナリスト・石田雄太氏の著書『松坂大輔 怪物秘録』から一部抜粋し、お届けする。(全3回の2回目/続きを読む)
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言えないことがたくさんあった
国体が終わったら、ドラフトでした。どこへ行くのかという注目のされ方……当時のことに時効ってあるのかな、という葛藤は今でもあります。言えないことはありましたからね。本当にイヤな思いをしましたし、あんな経験をすることは、おそらく今の子たちにはないと思います。
自分の考えや気持ちをこんなにまでも押し殺さなければいけないんだ、出してはいけないんだと思うと、苦しかった。つい気持ちをポロッと出して、イヤな思いをしたこともありました。
あのときにメディアの人たちの前で話している自分は、今でも嫌いです。あれは僕じゃない。別の人を演じていたという感覚でした。僕のドラフトって世の中的にはネガティブなイメージはないかもしれませんが、やっぱり大人の世界の怖さを思い知らされて、イヤな思いをさせられました。
