イタリア文学の巨匠チェーザレ・パヴェーゼの同名小説を映画化した『美しい夏』。第二次大戦前夜のイタリアを舞台に、少女ジーニアのひと夏の目覚めを描いた青春映画となっている。「手を出すのが怖くて」、一度は監督のオファーを断ったというラウラ・ルケッティ監督に、本作に込めた思いを聞いた。

ラウラ・ルケッティ監督。手にしているのは『美しい夏』パヴェーゼ作 河島英昭訳(岩波文庫)

 ◆◆◆

「私のキャリアを台無しにするつもり?」

──原作との出会いはどのようなものだったのでしょうか。

ADVERTISEMENT

ラウラ・ルケッティ監督(以下、ルケッティ監督) パヴェーゼは、イタリアでは学校で必読とされる作家です。若い頃に何冊も読んでいましたが、実は『美しい夏』は、読んだことがありませんでした。大人になってから書店で見かけて、「この本は読んでいなかった」と気付き、すぐに買って読みました。

 想像力をかき立てられる小説で、まるで魔法のようだと感じました。「これを映画にできないか」と考えましたが、筋らしい筋がなく、主人公ジーニアの心の動きを綴ったモノローグで構成されている作品です。映画には向かないだろうと思っていたところ、3カ月後に、プロデューサーから「『美しい夏』の映画化の権利を買ったので、ぜひ、あなたに映画を撮ってほしい」と電話が来たのです。

「読んだことある?」と聞かれたので、「3カ月前くらいに読んだところ」と答えました。すごい引き合わせだと感じました。

アメーリアを演じたディーヴァ・カッセル(左)と、主人公ジーニアを演じたイーレ・ヴィアネッロ ©2023 Kino Produzioni, 9.99 Films

──それですぐにオファーを受けたのですか?

ルケッティ監督 まさか! 最初は断りました。先ほども言った通り、物語として難しい作品で、しかも、パヴェーゼの作品を映画化しているのは、たとえばかの巨匠ミケランジェロ・アントニオーニ監督なんです(小説『孤独な女たちと』が1955年に『女ともだち』として映画化された)。

 思わず「正気なの? 私の映画監督としてのキャリアを台無しにする気?」と言ってしまいました。

愛されたい、見られたい、触れられたい

──それでも引き受けた決め手は?

ルケッティ監督 作品に恋をしてしまったからです。小説の中にある少女の視線や、言葉にならない身体感覚が忘れられないほどにね。

 だから、無謀な挑戦だと思いつつも、つい引き受けてしまったの。まるで恋心のせいでおかしくなった主人公ジーニアのように自分がとめられなくなってしまいました。

官能的で大人なアメーリアに、ジーニアは嫉妬しつつも、次第に惹かれていく ©2023 Kino Produzioni, 9.99 Films

──映像化の難しさは、どう克服されたのですか?

ルケッティ監督 原作はジーニアの心の動きを通して少女が思春期を通り抜け、大人の女性へと成長していく話です。私はそれを“女性の身体の物語”として表現しました。

「愛されたい、見られたい、触れられたい」という欲望が身体の中に生まれ、それが制御できなくなっていく。そんな少女の変化を描きました。

 だから映画では、体が収まりきらない狭いバスタブに身を沈めたり、全身が映りきらない小さな鏡に身体を映すシーンを取り入れたりするなど、増大する欲望を「はみ出す身体」で表現しています。

勤勉でまじめなジーニアは、職場と家の往復だけの生活に不満を感じ始める ©foto di Matteo Vieille