が、Iさんもまた、静岡には行っていないと疑惑を否定。これで納得すれば問題はなかった。しかし、花森の中では、自分が目撃した不審な人物が2人ともに違うはずがないと、さらに疑念が膨らむ。いったん抱いた被害妄想は止むことを知らず、そのうち、周囲の人間が全てIさんに見え、いつ攻撃されるかわからないと恐怖に怯えるようになる。もはや耐えられない。花森の中で犯行の決意が固まった。

2021年8月24日――犯行の日

 8月24日、上京しIさんの会社のある港区の会社の前で待つこと数時間。オフィスビルから出て、最寄りの東京メトロ溜池山王駅に向かうIさんを尾行し、彼と同じ南北線に乗車。3つ先の白金高輪駅でIさんが降りると、花森もまた下車し犯行の機会を狙う。彼の手には硫酸の入った瓶が握られていた。そしてIさんが駅構内の上りエスカレーターに乗ったとき、アシッドアタック決行。そのまま現場を後にし、沖縄に逃亡する。Iさんは全治3ヶ月の重傷だった。

事件があった白金高輪駅のエスカレーター ©文藝春秋

 身柄を拘束された花森は全面的に容疑を認め、Iさんに対する傷害罪、Tさんへの暴行罪で逮捕・起訴される。裁判は2022年9月から東京地裁で始まり、法廷で犯行動機について聞かれた花森被告は「二度と僕に関わらないでほしかった。IとTから常にストーカーされ、狙われているのではないかと思った」と供述。もっとも、そのような事実は一切確認されていない。

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 弁護側の証人として出廷した精神科医によれば、花森はPTSDの他に自閉症スペクトラム症を患っており、この2つの症状が重なり合い、すでに疎遠になっている被害者2人に攻撃されているのではないかと妄想に取り憑かれていた可能性が高いという。対して、Tさんは警察の供述調書で「いつもおかしな行動を取っていて本当にバカだと思い下に見ていた。私が最初にいじり、Iがそれに便乗する。一度いじり始めると調子に乗り繰り返してしまった。被告人にとっては辛いものだとわかり申し訳なさも感じた」と証言。

 Iさんもほぼ同じ内容を供述したが、「硫酸をかけられたことは心外で納得できない」と心情を明らかにした。