菊池寛には天性のスター性があった

 今回、菊池寛と僕に共通点があるのではないかと解説をご依頼くださったそうですが、はっきり言って僕は、彼の足下にも及ばないと思います。僕はね、映像制作会社とか音楽制作会社とかいくつも会社をつくって、それ全部潰してるんですよ。ひとたび映画なんて撮り始めたら、予算なんてあっという間になくなっちゃう。作ってる最中の人間てのは「赤字がなんだ! 面白ければいいんだ!」って、自分の定期預金だろうが何だろうが、どんどん崩してどんどん((てん)しちゃうわけです。

 菊池寛も創業当初は公私混同、雑誌は文藝春秋社が発行しているけれど、お金は全部、自分の財布から出している。帳簿すら付けてなかったって……。菊池寛ってひとは本当にドラマに事欠かないひとでね、そういう杜撰さが引き起こした悲劇もこの本で描かれていて、ある社員が会社のお金を横領するんですけどね……。

 その横領野郎がね、後日、逆恨みして猟銃もって会社にやって来るわけですよ。その瞬間の菊池寛が予想を超えた行動に出る。社員をかばってテーブルを回り込んで、猟銃男と対峙するわけです。その緊迫感たるやもう(笑)。「いつから、僕を裏切った?」なんて言ってね。そんなセリフ、人生で言ってみたいよね。著者の門井(慶喜)さんがまた見てきたように臨場感たっぷりにそのシーンを描いてるんです。あそこはみなさんにもぜひ読んでほしい。

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門井慶喜さん。菊池寛の肖像画と並んで

 菊池寛はつまり、ここぞという時に舞台に上がれる男なんですよ。本人が小説なんですよね。彼の生涯そのものがドラマだと思う。

 もし僕が猟銃を構えた相手と対峙したら? おそらく、ものすごく客観的になるでしょうね。足が震えて動けないのについ「どう立ち回ったら面白いだろう」と考えると思う。そこは菊池寛にすごく共感するんですよ。ただ、実際には何もできないでしょう。そこで堂々とテーブルを回り込んでいける人間だったら、裏方の人間にはなってないですから。

 菊池寛には、表に立つ度胸と、天性のスター性があった。運も実力もあって、きっといつだって人生に高揚していたと思うんです。流行作家になって、会社を興して、とにかく酒を飲んで、倒れ伏すまで肉をたらふく食べて――そう、思うまま、ドラマティックに生き抜いた。時に失敗しても、また良い方向へと転がっていける力を持っていた。だから最後の、一度は会社を手放した菊池寛に、次代を担う池島信平が「会社へ戻ってくれませんか」「楽しいんですよ。楽しいんだ、菊池さんと仕事してると。それだけっ」と声をかける場面は鼻の奥がツンとしました。池島も佐佐木茂索も、当時の社員たちみんな、菊池の部下とかそういうのを超えて、あれはそう、同志ですよね。