「不起訴なら被害者に損害賠償請求を行う」

 調書を基に、検察官からも質問があった。

検察官「『不起訴処分になれば相手に損害賠償請求を行う』と言ったようですが、これはどういう意味ですか」

A「業務を行えず苦しい気持ちの中、大学に残るため虚勢を張るためで」

 

検察官「得られるべき収入を請求したかったんですか」

A「窮地だったので突発的に言ってしまったのだと思います」

 

検察官「大したことでないから不起訴になるとでも思っていたんじゃないですか」

A「それは違います」

 大学院での事情聴取では窮地と感じて、突発的な発言をしてしまったというA。しかし、同じく窮地と思われる裁判の証言台の場では、いたって冷静に話している様子が印象的だった。

被害者はショックで危機的なまでに痩せてしまった一方……

 検察官は、AがBにキスをしたあと、なおも嫌がることを意に介さず犯行を継続しており、執拗であると指摘。被害者を軽んじていたとしか思えず、尊厳を踏みにじる行為と激しく非難した。犯行原因は飲酒によるものとするが、被告人自身の習癖が明らかになっただけで、再犯の恐れがあるとして、懲役1年6月を求刑した。

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 弁護人は事件の悪質性を言語道断としつつも、長時間の行為でもなく、計画性があると言えない点、示談の申し出など贖罪の意思を有している点、さらに事件を経て、大学院を退学になるなど一定の社会的制裁を受け、自身の性格に向き合っているなどと弁論した。

 被害者参加代理人の意見は、前回紹介したBの意見陳述(代読)も相まって熱が帯びているものであった。特に代理人が強調していたのはAとBの事件に対する認識の差であった。

 Aは大学院での聴取において「着衣の上からの接触だから」など、比較的軽微な事案であるとの認識を有している。しかし、被害者にとっては、幼いころからの夢が壊されており、体重も担当の医師から命の危険を仄めかされるほどまで減少した。そして、不同意わいせつ罪は被害者の性的自由を侵害するものであり、加害者側がその被害について主張すべきでないなどとした。

被害者は事件のショックで20キロ超も痩せてしまい、医師から命の危険をほのめかされた 画像はイメージ ©beauty_box/イメージマート

 その他、ボランティアを行うにしてもあまりに多くの写真があり、反省の情を演出しているように見える点などを指摘。今回の問題点が飲酒だけであるような主張は、本件から目を背けているとして、反省をさせるためにも、懲役1年以上の実刑判決が相当と強い口調で締めた。

 初犯での実刑判決は滅多に下されない。そのことは当然代理人もわかっているだろう。しかし事件から1年経ってもなお、精神的被害が快復しない被害者に連れ添っている中で、まだ事件は終わっていないと感じる気持ち、そしてそれを金銭で解決できるはずがないという思いを強く感じさせるものであった。

懲役は……

 判決は懲役1年6月、執行猶予3年だった。

 裁判長は犯行について、性的自由を侵害し、人格を省みない身勝手な犯行であると厳しく非難した。しかし、事実を争わず、300万円の供託金の還付放棄をし、大学院の懲戒退学など社会的な制裁を受けている点を執行猶予の理由とした。

 2月に警察庁が発表した「令和6年の犯罪情勢」によると、性犯罪の認知件数は前年度と比べて大幅に増加している。2023年7月から性犯罪に関する法規定が変わり、被害者が従来より申告しやすくなったことも背景にあるだろう。昨今は芸能業界でも、これまで黙認されていたような性被害が、明らかにされ始めている。

 法規定の変更は、検挙件数を増やすことが目的ではない。いかに犯罪を抑制できる社会を作れるかが本意のはずで、その意味で少しずつ社会が変わり始めている。

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