人が経験しうる生理現象には、不快さをともなうものもある。
中でも、不快さの王者に君臨する生理現象と言えば、「嘔吐」だろう。吐くだけでも大変な労力と精神力を必要とするのに、その挙句に「血」を見ることになったとしたら……。
今回のテーマは、「マロリーワイス症候群」。
妙にキレイな名前の症候群だが、中身は決してキレイな話ではありません。お食事中の方は、あとで読んでください。
「吐いてしまったほうがラクになる」と……
外で飲み過ぎて帰宅。気持ちが悪い。
そんな時、人はよく、「吐いてしまったほうがラクになる」とそそのかす。たしかにそうなのかもしれないが、嘔吐することの苦しみを知っていればこそ、簡単に踏ん切りがつくものでもない。
嘔吐を経験することなく人生を終えられたらどんなに幸せだろう。一生は無理としても、せめて今晩だけでも何とかならないものだろうか……。
誰に相談しているのかは知らないが、おそらくは困った時の神頼みというやつなのだろう。
残念ながら神仏との話し合いは決裂したらしい。彼は覚悟を決めてトイレに向かう。
便器の前にひざまずき、口に指を突っ込み、嘔吐する時の敗北感は絶大だ。どんな自信家でも、あるいは資産家でも、この時ばかりは痛飲したことを猛省する。
個人的な話で恐縮だが、この時筆者は青空球児氏の名言を思い出す。
「“ゲロゲ~ロ”って泣くんだよ! バカだねコイツは!」
血で赤く染まった便器
トイレを出て、口をゆすぎ、ベッドに倒れ込む。このまま寝てしまおう、と目を閉じると、再び吐き気が襲ってきた。
こうなると破れかぶれだ。何度でも吐いてやろう。
「吐いたほうがラクになる」と言っていたヤツを恨みながら、再びトイレに行って2度目の嘔吐。
胃の内容物は最初の嘔吐であらかた排出されているので、2度目の嘔吐は苦しいばかりで大したものは出てこない。出るのは胃液と涙ばかり。
そして、涙越しに見えたのは、血で赤く染まった便器だった。
大きな苦痛のあとに訪れる巨大な衝撃――。