胃と食道の粘膜接合部が断裂して出血する
「ここまでの話で大体の察しはつきます。マロリーワイス症候群ですよ」
明快に答えるのは、千葉県野田市にあるキッコーマン総合病院の院長で、消化器外科が専門の久保田芳郎医師。続けて解説する。
「嘔吐する時に発生する物理的な力によって、胃と食道の粘膜接合部が断裂して出血する症候群のこと。嘔吐がやめば自然に血も止まって、再出血することは少ないといわれています」
そもそも嘔吐で苦しい思いをするのは、吐いている当人だけではない。一旦胃に収めたものを逆流させるという、本来の動きではないことを強いられる胃や食道にとっても、じつは大きな負担がかかっているのだ。無理な動きで胃と食道のつなぎ目の筋層に裂け目ができて出血し、その血を吐くから“吐血”となるのだ。
「1回目の嘔吐で血が出なかったのに、2回目以降で吐血した場合は、多くの場合マロリーワイス症候群が疑われます。そもそも胃に血が貯まると気持ちが悪くなって吐き気を催すものなんですよ。何となく想像がつくじゃないですか」(久保田医師)
たしかに、生血を飲み込んだのと同じ状況と思えば、気持ち悪くもなりそうだ。食道を伝って込み上げてくる血の匂いを嗅いで、心穏やかでいられる人はあまりいない。
マロリーワイス症候群は“吐物に血が混ざる程度”
普通の生活を送る中で、血を吐くという経験は滅多にない。それだけに受ける衝撃は小さくないはずだが、久保田医師は言う。
「同じ吐血でも、食道静脈瘤破裂などは“洗面器何杯”というレベルの大量の血を吐くのに対して、マロリーワイス症候群は“吐物に血が混ざる程度”。特徴は、最初に吐いた時は出血がなかったのに、2回目以降の嘔吐で血を見た――という点です。これだけの状況証拠でほぼ見当は付きますが、診断のためには内視鏡(胃カメラ)が不可欠。食道下部から噴門部(食道と胃の境目)に“縦走する裂傷”があれば確定診断となります」
出血が続いていれば内視鏡でクリッピングすることもあるが、重症でなければ自然に血が止まるのを待つ。禁食して、胃酸を止めるH2ブロッカーや、粘膜を保護するスクラルファートなどの内服で様子を見ることが多い。
「当然しばらくはお酒も控えてもらいますが、難しそうなら2~3日入院してもらって経過観察することもあります」(久保田医師)
派手な症状と大きな苦痛をともなうわりに、あまり周囲の同情は得にくいようだ。
酒の飲み過ぎで血を吐いたのなら自業自得と言えなくもないが、乗り物酔いや食あたり、あるいは「つわり」で吐く妊婦さんもいる。同じマロリーワイス症候群でも、気の毒なケースがあることは知っておいてほしい。
ちなみにこの症候群の名前は、ジョージ・ケネス・マロリーさんとソーマ・ワイスさんという二人の医師が発表したことから付いたという。
もし球児さんと好児さんという二人の漫才師によって発表されていたら……。