人間は常に“なりたい自分”を意識している
そんなシアに振り回されるのが、ヤン演じる番組プロデューサーのソン・チージュンだ。放送を成立させるためにチームをまとめるが、番組と視聴率の責任を負っているため、理不尽な上司の要求には逆らえない。実は元恋人であるシアの今後を心配してもいるのだが……。
あらゆる問題の板挟みとなるソンを、ヤンは「僕自身によく似ています」という。「40年も生きていると日常的にプレッシャーを感じます。両親、子どもたち、パートナー、仕事。すべてに全力で取り組みながら、ベストな選択を下すには自分の基準が必要です」。
ヤン 僕が演じたソンは最初こそ視聴率を大事にしていますが、正義感と倫理観をだんだん変化させていきます。たとえ周囲の全員を幸せにはできなくとも、自分なりのジャーナリズムには忠実でありたい、と。人間はつねに変化していながら、常に“なりたい自分”を意識しているもの。毎日が新しい変化の連続です。
リスクを覚悟で本作に挑んだリェンとヤンの共通点は、ともに自身の活動と社会的なメッセージが深くからみあっていることだ。
リェンの代表作は、戒厳令下の女性政治犯を描いた映画『流麻溝十五号』(22年)や、台湾人日本兵と日本軍の戦争責任を問うドラマ「聴海湧」(24年)。本作を経て、台湾独立を訴えた民主運動家・鄭南榕の伝記映画『南榕(原題)』も控える。
台湾は自由と民主の場所
作品選びの基準を尋ねると、リェンは「私が企画を選ぶというよりも、作品や役がこちらにやってくるような印象です」と答えてくれた。出演オファーを受けたときは、自分の考えを基準に判断しないよう心がけているという。
リェン 私は田舎の山奥で生まれ、人の少ない土地で育ったので、今でもシンプルな生活を大切にしていて、あまり多くの人とは関わっていません。そのぶん、時代の流れに翻弄される役を演じるたびに、世界や人間に対する感覚がさらに研ぎ澄まされてゆくようです。
一方のヤンは、台湾の人気ロックバンド「滅火器(Fire EX.)」のフロントマンでもある。結成25周年を迎えた今年は、9月に日本ツアーも開催予定。台湾人のアイデンティティに根ざした楽曲では、母国や生活、社会、政治への思いを台湾語で歌い上げている。
ヤン 台湾は自由と民主の場所だ、という価値観を心から大切にしています。僕にとって、楽曲や歌詞、音は自分の価値観や主張を伝えるもの。音楽を通じて政治的なメッセージを表現することから逃げたくないんです。さまざまなテーマを歌っているので、直接的な曲は全体の1割にも満たないかもしれませんが、どの曲にも僕自身が表れています。
