また、「誰でもいいから障害者枠で」という依頼は断る。石井さんは「目の見えない誰か」ではなく、「目の見えない石井健介」だからだ。
「障害者だから安くていい」はおかしい
「障害者だからこれくらいのギャラでいいだろう、といった障害者に対する搾取構造に出くわしたことがありました。でも、僕は目が見えないからといって目が見える人に劣った仕事をしているのではありません。これは僕個人のことに限らず、障害者雇用に関して広く考えなくてはならない問題だと思います」
でも、プロジェクトの志に共振すれば、無償で引き受ける。
「楽しくない」と思った組織からは去った。経営方針に違和感を持つと、石井さんは黙っていることができない。33歳で独立するまでに数多く転職したのも、ワンマンな経営者に反発することが多かったためだという。その反骨は目が見えなくなって、むしろ開花したかのようだ。
最新デジタル機器が生活を助けてくれる
石井さんの「見えない」生活を支えているのは、iPhoneをはじめとするテクノロジーだ。メールやSNSは音声機能の読み上げを利用し、Bluetoothの外付けキーボードを使いブラインドタッチで文字を打ち込み、音声機能で文面をチェックして送信する。
右目の視力はほぼないが、左目だけはぼんやりと見えるため、目のきわまで近づければ大きい文字は読める。文字を確認する際はiPhoneを近づけて拡大鏡を使う。モニターを使わないやり方は、テキストをやりとりする最先端のようにも見えてくる。初の自著『見えない世界で見えてきたこと』(光文社)はこのやり方で書き上げた。
「カフェで原稿を書くこともあるんですが、僕がどこも見ずに膝の上に置いたキーボードを打っている姿は、周りのお客さんにはブラインドタッチの練習に見えるかもしれません」
と石井さんは笑った。「見えない」自分の暮らしようを「見える」人たちに開いていくこともブラインドコミュニケーションだ。