『関心領域』のサウンドデザイナーも参加
家族のリアリティを演出するためにこだわったのは、3人の“言葉”だった。
「どんな家族にも固有の“言葉”がある。親密な時間を過ごすなかで、家族はそれぞれのやりかたで言葉や音を手に入れ、独自の形で理解してゆくものです」
すなわち家族固有の“言葉”とは、文字通りの言葉ではなくコミュニケーションのありかただ。俳優陣とラベドは、そんな“言葉”を発見するため、撮影に先がけてリハーサルとワークショップを実施。キーワードは「動物」だった。
「それぞれの役柄に動物らしさがあります。セプテンバーはゴリラ、ジュライは子犬。シーラにも子犬らしさはあります。そして、3人全員に共通するのが鳥でした。動物を意識しながら身体を動かし、遊ぶことで、彼女たちだけの“言葉”を見つけられたのです」
実際に、母娘3人の“言葉”を見つけたあとの作業はスムーズだったという。「役者たちは本当にクレバーで、私よりもこの映画を理解していました。監督としての私は、表現の強弱をコントロールするために現場にいたようなものです」とほほえむ。
部屋に漂う空気の音、揺れる木、嵐、ノイズ。全編を貫く不穏なサウンドデザインを担当したのは、『関心領域』でアカデミー賞音響賞に輝いたジョニー・バーンだ。ラベドには、音を通じて一種の「境界線」を表現する狙いがあった。
「普通の日常に見えるものが、視点を少し変えただけで突然ドラマチックになり、奇妙になり、滑稽に見える――映画にはそんな“境界線”があります。人生には劇的で、おかしくて、不条理な出来事が常に起きているもの。シリアスな問題から日常の断片まで、すべてを同じようにとらえながら、音を使ってその境界線を強調したかったのです」
ただし最も留意したのは、ホラーやスリラーの“お約束”や美学を採用しないことだった。原作がゴシック小説である以上、恐ろしい要素を必然的に含む作品となったが、あくまでも重要なのは「家族の物語と愛情の危険性を自分らしく描くこと」だったという。
「映画は青春物語のように始まりますが、観客はどこに連れていかれるのか予想できないはず。特定のジャンルやレッテルで括られない映画にしておきたいので、“ホラー映画か、成長物語か”といった議論は皆さんに任せます。私自身もわかっていないのです(笑)」

