奥田英朗さんの『コメンテーター』文庫版が、9月3日に発売になりました。
プール依存症や携帯中毒など、奇妙で深刻な悩みを抱える患者たちが、破天荒すぎる精神科医・伊良部一郎のもとを訪れる人気シリーズです。今回の発売を記念して、シリーズ第2弾で直木賞受賞作の『空中ブランコ』についての奥田さんのインタビュー(オール讀物2004年5月号掲載)を転載します。
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トンデモ精神科医・伊良部一郎が帰ってきた。前作『イン・ザ・プール』では、水泳中毒や持続勃起症など、ヘンな病気のオンパレードだったが、今回はいわば職業編。人間不信で飛べなくなった空中ブランコ乗り、尖端恐怖症のヤクザ、強迫神経症にかかった精神科医、ノーコン病に悩むプロ野球選手などが、ドクター伊良部のもとを訪ねる。
「どんな職業にもいろいろ悩みがあるだろうし、悩んでいる人ってみんな同類だと思うんですよ。どこの世界にも、面白さと同時に大変さもある。そして神経症になる人は何をやっててもなるわけで、ならない職業なんてないんですよね。今回はその辺りを書いてみたかった」
そして本作中、著者いちばんのお気に入りは、作品がマンネリ化し、起死回生の自信作が売れなかったのが原因で、嘔吐症と強迫症に苦しむ作家を描いた「女流作家」だ。
「これは自分が作家になって、経験したり見たりしたものが反映されてます。作家ってもっと個人的な、はぐれ者の一匹狼タイプだと想像していたけど、意外とまともで野心的だった(笑)。編集者にしても、手柄を欲しがる人はいるし、作家が売れるとわーっと集まってきて、売れなくなるとさーっと引いたりね。そういう業界のおかしみが描けたかな」
『最悪』や『邪魔』のような、シリアスな犯罪小説を待望するファンも多いが、人間の滑稽さを描こうとする著者の姿勢は変わらない。
「僕は深刻に物事を考えるのが好きじゃなくて、問題作とか衝撃作っていうのが苦手なんです(笑)。人間の深奥に踏み込むのが文学と思っている人もいるだろうけれど、だとしたら、僕には文学は必要ない。踏み込むことで、人の悩みや苦しみが解決すればいいけど、解決しないんだから(笑)。犯罪小説にしても、人間の“心の闇”をえぐったからといって、それが救いになりはしない。だったら、楽に考える方法、軽く生きる知恵を探ったほうがいいんじゃないかな。伊良部シリーズはまさにそういう作品なんです。こいつ(伊良部)がいるかぎり、世の中、大丈夫でしょう(笑)」
そして、人の核心に迫るものであればあるほど、さらっと書いたほうがいいという。
「たとえばマスコミは、たいしたことでもないのにことさら大きく取り上げるから、やけに大きな問題になってしまうんです。日常の小さなことは、近くで見るから悲劇であって、遠くから眺めると喜劇なんですよ。僕が今まで書いてきた作品も、みんな日常の小さなことを扱っていますが、その両方の視点を持って描いているつもりです。自分のことを含めて、物事すべてを軽く見る、小さく見るということを、忘れたくないですね」
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