奥田英朗の著作一覧を見ていたら、1999年の『最悪』が第2作、2001年の『邪魔』が第3作であることに気がついた。この2作、うかつなことに、ベテラン作家の作品とばかり考えていたが、あのころ奥田英朗は新人作家だったのか。とても信じられない。というのは、その最初期の作品に、すでにベテラン作家の風格があったからだ。構成の妙も人物造形の深さも、そして鋭いテーマも、すべて新人作家の域を超えていた。
直木三十五賞(2004年)、柴田錬三郎賞(2007年)、吉川英治文学賞(2009年)と、大きな賞を早い時期に受賞してしまったのも当然なのである。奥田英朗がすごいのは、その後も質の高い作品を書き続けていることで、これは驚嘆に値する。たとえば、2019年の『罪の轍』は「吉展ちゃん事件」をモデルにした社会派小説だが、重い話を一気に読ませるパワーがすごい。
新作『リバー』も例外ではない。渡良瀬川の河川敷で相次いで女性の死体が発見される事件を軸にした犯罪小説だが、600ページを超える大長編であるのに、一気読みしてしまうのは、とにかく細部が素晴らしいからである。
群馬県桐生市と、栃木県足利市の両方にかかわる事件なので、両県の刑事が次々に登場するが、群馬県警の本部長を紹介するくだりで、刑事畑を歩いてきたキャリアは出世に興味がない、との記述がある。警察官僚の世界で刑事は傍流で、長官も総監もまず目はないから失点を恐れない。事なかれ主義のキャリアとは種類が違うというのだ。
あるいは、プロファイリングの研究者として登場する篠田准教授は、『イン・ザ・プール』や『空中ブランコ』などのあの伊良部精神科医を彷彿させる人物で、その奇妙な味がおかしい。
つまり、興味深い情報がたくさんあって、個性的な人物が次々に登場するということだ。
刑事も新聞記者も出稼ぎ労働者も、みんな入り乱れて、小さなドラマが次々に積み上げられていく。異彩を放つのは、10年前の類似の事件で娘が殺された写真館の経営者が、警察が動かないからおれが動くと捜査すること。たとえストーカー呼ばわりされても彼の執念の炎が消えることはない。作者はそういうところまで、きっちりと、そして克明に描いていく。
群を抜いて面白いのは後半の展開だが、ねたばらしになるのでここはぐっと我慢。容疑者が3人浮上し、そのうちの1人が奇妙な言動を始めるのだ(篠田准教授がここで活躍)。どうなるのこれ、とここで心配になった。とてつもなく面白い展開だけど、どうやってこの話を落とすのか。心配することありません。
そしてラスト80ページのパワフルな展開を見よ。手に汗握る、とはこういうことを言う。あとは読んでのお楽しみだ。
おくだひでお/1959年岐阜県生まれ。97年『ウランバーナの森』で作家デビュー。『邪魔』で大藪春彦賞、『空中ブランコ』で直木賞、『家日和』で柴田錬三郎賞、『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞。他著に『コロナと潜水服』などがある。
きたがみじろう/1946年東京都生まれ。76年「本の雑誌」を椎名誠らと創刊。著書に『書評稼業四十年』『息子たちよ』などがある。