共同監督は日本で演劇を学び、松竹で役者をやっていた

チュウ 2人が一緒にこの1本を撮られたことは、とても意義深いことだったと思います。小林監督が台湾へ撮影に来られた時、周りのスタッフがみんな日本語ができたことに、ものすごく驚いたと聞いています。

――シャオ・バオフイ監督も日本語が?

チュウ ええ。シャオ監督は1919年生まれで、東京に一家で移り、演劇を学んで松竹で役者をされていた経歴があります。台湾に戻られてから、日本のことをよくご存じなので、シャオ監督の方から「ぜひ一緒にやりたい」と小林監督にお願いがあったようです。

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シャオ・バオフイ監督 ©2024 Taiwan Film and Audiovisual Institute.All rights reserved.

宇田川 シャオ監督が推挙して、台湾で何本か撮られることになったのですね。

チュウ はい。『ドラゴン・スーパーマン』を含む3部作のほかに、戦争に関係する2作も含めて、合計5本の作品を台湾でお撮りになりました。

©2024 Taiwan Film and Audiovisual Institute.All rights reserved.

宇田川 最後に、初枝夫人が今日お召しの着物についてお伺いできますか。

夫人 これは、新東宝の『女真珠王の復讐』などに出ていらした、女優の前田通子さんから譲り受けた着物なんです。少しサイズを直して着ています。

©OAFF EXPO2025-OAFF2026

宇田川 映画的な意味合いのあるお召し物だったのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

小林悟
1930年生まれ。新東宝の『狂った欲望』(59年)で監督デビュー。60年には『まぼろし探偵』劇場版の2、3作目も担当した。新東宝の倒産後、日本初のピンク映画『肉体の市場』(62年)を発表、2001年に死去するまでに400本以上のピンク映画を製作した。

 

『ドラゴン・スーパーマン(2Kレストア版)』
 

STORY
殺人・強盗・誘拐など次々と大胆な犯行を重ねる悪の組織“宇宙党”。その足取りを追う新聞記者の三林は、謎のヒーロー“神龍飛侠”としての顔も持っていた。ある宝石店襲撃事件をきっかけに、彼は宇宙党の核心に迫っていくが--。桑田次郎の漫画『まぼろし探偵』を原作に、空飛ぶバイクを駆る覆面ヒーローの活躍を描いた台湾初の空想特撮活劇。
 

STAFF&CAST
監督:小林悟、シャオ・バオフイ/出演:クイ・チーパン、リウ・チン/2024年(オリジナルは1968年)/台湾・日本/90分/©2024 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.

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