変わり果てたAさんの遺体を発見

 Bさんからの通報を受けた北海道警察はヘリコプターを派遣して山中に残された約70名の登山客を救出する一方で、ハンターとともにAさんを捜索したが、この日は日没によりやむなく中断した。翌日早朝からの捜索では、まずAさん名義のカードの入った財布や血痕のついた衣類の一部などを発見。そして13時すぎ、被害者をくわえて、引きずりながら移動する母グマと2頭の子グマを捜索隊が見つけて発砲し、その場で3頭とも捕殺した。その捕殺現場付近で、変わり果てたAさんの遺体が見つかったのである(死因は全身多発外傷による失血死と公表された)。

 その後のDNA鑑定により、この11歳の母グマがAさんを襲撃した個体であると断定された。これが今回の事故をめぐる一連の経緯である。

ヒグマが人を襲う4つのパターン

親子グマの姿(斜里町)(FNNプライムオンラインより)

 ヒグマは本来、臆病というよりも慎重な動物である。人間の存在を感知すれば、基本的にはヒグマの方で回避行動をとる。そのヒグマが人を襲うときは必ず理由がある。

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 大まかにいうと、(1)出会い頭で人と出会ってパニックになって襲う(2)人間の持っている食べ物などに執着し、これを奪うために人間を襲う(3)母グマが子グマを守るために接近してきた人間を襲う(4)人間を食料と見做して食害するために襲う、といったパターンに分類できる。では今回のケースの場合、どれに該当するのだろうか。

「第一報の段階で疑ったのは、(2)のパターンです」と藤本は言う。

「というのも近年、知床では一部の観光客や撮影者によるヒグマへの餌付けが原因で、人間とクマの距離がかなり近くなっていた。実際に車の中からヒグマに食べ物を与えている映像などを見て『これは危ない。いつか大変なことになる』と感じていました」

 藤本が事故の第一報に驚いた様子がなかったのは、事前に危惧していた事態だったからだ。前述した通り、ヒグマは通常、人間を避けて行動するが、一方で学習能力が非常に高い動物でもある。一度人間の食料の味を覚えたクマは「人間→おいしいエサにありつける」と認識し、むしろ積極的に人間に近づくようになる。

「今回の事件を起こしたクマも、どこかで人間の食料を口にしたことで、人間に執着するようになった可能性はあると思いました」(同前)

朱鞠内湖で釣り客を襲ったと見られるクマ。船上から撮影された直後に駆除された(上川総合振興局提供)

事故の“予兆”があった

 実際に、今回の事故の“予兆”ともとれる事案があった。知床財団が8月21日と9月1日に発表した事故に関する報告書(「2025年羅臼岳登山道におけるヒグマ人身事故に関する調査速報」第1報、第2報)には気になる2つの事案が報告されている。

次の記事に続く 「友人が素手でクマを叩いて助けようとしたが離れなかった…」クマに襲われた会社員男性(26)は遺体で発見…知られざる“事故の予兆”とは