「もちろん、こういう環境にいるからこそ、みんなが経験できないことをたくさん経験させてもらってきたと思うのですが、みんなが普通にしていることを私は経験してきてないっていうのは、ずっと感じていたと思います」


「普通の人より遙かに人生経験が少ないのに、役者であるからにはいろんな人を演じなければいけないわけで。そういうジレンマみたいなものは、やっぱりあります」

 

「みんなにとって当たり前のことが、私にとっては特別に見えて、『みんな昔からこんなに楽しい遊びしてたの?』って、私思わず聞いちゃいましたもん。そしたら『そうだよ!』って言うから、『そりゃあ、ちょっと感性が違うと思われちゃうわな』って、自分が世間とずれていることにもようやく気付きました(笑)」

 

『キネマ旬報』2025年8月号「広瀬すず10000字インタビュー」より

 自分には普通の人生経験がないから、普通の人たちのことがわからない、それが俳優としての壁になっている、という意味のことを、近年になって広瀬すずは率直にインタビューで自ら語り始めた。

広瀬すず ©getty

 非凡な人間、特異な輝きを放つ天才を演じることにかけて広瀬すずほどの逸材はそう存在しない。だが同時に、何千万人から特別視されるような場所に立っている広瀬すずから見ても、物語の中の綾瀬千早が送るスポーツ少女としての日々は「ああいう風に生きられなかった」という失った青春を象徴するものであり、だからこそ降るように舞い込んだはずの多くのスポーツ少女を演じるオファーを受けてこなかったのかもしれない、と思うことがある。

「まるで部活のようだった」「青春だった」と広瀬すずは『ちはやふる』の撮影や当時の仲間を振り返る言葉を多く残しているが、綾瀬千早としての青春を演じることは、あったかもしれない自分自身の青春を失うことと表裏一体だった。

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もう一度、綾瀬千早を演じた理由は

「この3年間、私はずっともらってばっかりだったの。抱えきれないほどたくさんもらって、その全部が私を強くしてくれた。だから今度は私があげる番。2人にあげる番。受け取ってくれる?」

『ちはやふる』3部作の完結編『結び』のクライマックスで、綾瀬千早は、優希美青演じる花野菫、佐野勇斗演じる筑波秋博の手を握りながらそうつぶやく。

 近年、雑誌のインタビューでネガティブな弱点を自らさらけだすような言葉を率直に語る一方で、広瀬すずは後輩の俳優たちを世に出すための役回りも演じることが増えた。今回の『ちはやふる-めぐり-』の主演である藍沢めぐる役・當間あみとは、自身の主演作『水は海に向かって流れる』でも共演し、かつて新人時代の広瀬すずを共演で引き上げた綾瀬はるかや長澤まさみのような「先輩」の役割を果たしている。

 広瀬すずがもう一度綾瀬千早を演じるという、ファンも半ばあきらめていた夢が実現した背景には、今作のドラマが若手俳優たちを主演とした、いわば綾瀬千早に挑むような物語であること、『ちはやふる』というコンテンツを未来に向けて受け渡していく企画であったことが大きかったのかもしれない。広瀬すずは一度は「やり切った」と語った綾瀬千早の役をもう一度演じることで、自分が送ることのできなかった青春を次の世代に受け渡す決意ができたのかもしれない。

『ちはやふる-めぐり-』1話のラストで登場した綾瀬千早 公式Xより

『ちはやふる-めぐり-』は9月10日に最終回を迎える。これが広瀬すず演じる綾瀬千早を見る最後になるのか、それともまたいつか、物語の続きを見ることができるのかは今はわからない。だが、少し大人になった綾瀬千早を演じる広瀬すずの演技には、強烈なエネルギーで押し切る10代のころとは違う、後輩たちを愛しむような人間的な深みが宿っている。最終回を見届けながら、その変化にも注目したい。

 広瀬すずは『ちはやふる-めぐり-』に、忘れ物を取りに来たのだろうか、それとも後輩たちに青春の贈り物を届けにきたのだろうか。

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