『女王様の電話番』(渡辺優 著)集英社

〈この世界はスーパーセックスワールドだ。〉

 渡辺優さんによる新作小説『女王様の電話番』の冒頭だ。いかにも扇情的な一文だが、そのあとに〈私〉こと27歳の女性が、この世界にうまく適応できなかったがゆえに職を失ったという独白が続く。そして新たに〈女王様の電話番〉なる職を得た、と。え、それって、あの女王様!? 逸る気持ちは抑えて、気になる本書の内容と著者が込めた思いを深掘りしていこう。

「いわゆる社会通念的な恋愛観に違和感があって……。例えば、男女の組み合わせを見るとすぐに恋愛と結びつけたり、2人だけで食事に行ったら夜もOKだろうとか、どこまでが友情で、どこから浮気?とか。そういう、これまで何万回と繰り返されてきた話、もういいよねっていう感覚がありました」と、渡辺さん。

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「何か特別なきっかけがあったわけではなく、三十数年間生きてきた中で生まれた素直な発想です。この主人公は自分を“アセクシャル”なんじゃないかと疑っているのですが、これも、その属性の人を書いてやろう!という強い意志で選んだのではなく、この世界を一歩引いて見て“わからない”と感じている人に語らせることで描けるものがあると思ったからです」

 アセクシャル(無性愛)とは、他者に対して性的な惹かれを感じず、仮に好意を抱いたとしても、相手に対して性的行為への欲求が非常に希薄な人のこと。近年少しずつ目にする機会が増えてきた言葉だが、今現在も定義は不確定で、本書でもその事実は繰り返し言及されている。つまり、それも含めて“わからない”主人公である必要があった。

「“普通ってこうでしょ”に疑問を投げかけたい。これがテーマのひとつです」

 そんな〈私〉が就いた普通じゃない(少なくとも友人たちからは「辞めたほうがいい」と言われてしまう)職業。それは、「お電話ありがとうございます。クイーンズマッサージ、ファムファタルです」――デリバリー風俗店の電話受付だった。

「私自身の経験がもとになっているんです。主人公と同じように、〈女性活躍中のコールセンター〉のバイト募集に応募したら、そういうお店で。1日で辞めてしまったのですが、こんなところで活きるとは思っていませんでした(笑)」

渡辺優さん

 思わぬ取材(?)の甲斐あって、本作には、どこかお仕事小説のような読み味も。そして登場するのが、まさにファムファタル(運命の女性)、公称50歳の美織女王様だ。豊かな黒髪に白い肌、笑顔はチャーミングで人懐っこく、色気も知性も感じさせる穏やかな“年上の美女”。その魅力で顧客人気は上々、〈私〉にとっても一推しの存在に。

 ところがある日突然、連絡がつかなくなってしまう。店のオーナーは「この業界ではよくあること」と気にも留めないが、本気で彼女の身を案じる〈私〉は、店に登録してあった住所を訪ねていくのだが……。物語はここから一気にミステリーの様相を帯びてくる。

「謎解きが含まれている話が私自身、好きなので」と語る渡辺さん、実は推理小説の書き手でもあるのだ。

「ただ、美織様の人物造形には苦労しました。初稿の段階では、もっと悪女よりだったんですが、そういうことを描きたいわけじゃないな、と改稿のたびに変わっていきました。今も、彼女の存在がどう読まれるのかは気になりますね」

 消えた女王様捜しの結末は、自分と世界との接点で揺らぎ迷い続ける主人公をどこへ導くのか。時流をとらえ、かつ心地よい推進力で読ませる意欲作だ。

わたなべゆう/1987年宮城県生まれ。2015年に「ラメルノエリキサ」で第28回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『私雨邸の殺人に関する各人の視点』『月蝕島の信者たち』などがある。

女王様の電話番

渡辺 優

集英社

2025年8月26日 発売