『冬に子供が生まれる』(佐藤正午 著)小学館

 7月の雨の夜、丸田君の携帯電話にメッセージが届く。「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」。しかし丸田君には身に覚えがない。

 このようにして小説ははじまるのだが、読者は最初混乱する。まず語り手の「私」がだれなのかわからず、丸田君が意味不明なメッセージをもらった翌月には、べつの丸田君の葬儀が執り行われている。

 どうやら丸田君はふたりいるらしい。亡くなったのは丸田誠一郎、マルセイと呼ばれていて、バンドデビューを夢見ていた彼は、故郷に戻って高校の同級生、真秀(まほ)と結婚している。メッセージを受け取ったのは丸田優、マルユウと呼ばれていて、野球部に所属する目立たない学生だった。小学生の彼らにそのあだ名をつけたのは、転校してきた佐渡君。今やサラリーマンで一児の父となった彼も登場する。この3人は小学生のころからの仲よしで、中学に上がると、そこに杉森真秀がくわわるのだが、高校に上がるころにはまったくつきあいはなくなる。

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 マルユウとマルセイと佐渡君は、小学生のときUFOに遭遇するという特殊な体験をしている。しかしその体験を彼らが他者に語ることはない。高校卒業直後に、もう一度彼ら3人が集う機会があり、そこで起きた事故が彼らの人生、ひいては周囲の人たちの人生をも大きく変えていく。

 真相がわかってくるにつれて、何を信じたらいいのかがわからなくなる。2人の丸田君に何が起きたのかも、佐渡君は何を目撃したのかも、明確には明かされない。それでもそれは確実に起きた、ということだけが理解できる。そして、何か想像を超えたものすごいものを読んでいる、というか、ものすごいものに触れている、という気持ちになる。

 2人の丸田君に起きたことは非凡だが、それでもその後の人生は平凡で、真秀の身に起きた(のかもしれない)悲惨なことも、全世界的に見れば取るに足らないことで、けれども、平凡な丸田君は非凡な力で悪を成敗した。非凡な力で、ある人を助けもした。しかしながらその丸田君の非凡な力をもってしても、死んだ人はよみがえらないし、失ったものは戻らない。こじれてしまった親との関係をよくすることもできない。身近な人のかなしみを、無にすることもできない。非凡な力といってもそれは、弁当箱の蓋を開けたら、握り飯が柏餅に変わっているようなことに過ぎない。けれども、私たちの知らないうちに、それは起きる。マルユウが言うとおり「気づかない人には見えない」のだ。そして私は、読むことでそれをまさに見てしまった。

 佐藤正午さんの小説は、おもしろいだろうという予想をはるかに超えておもしろく、読むたびにびっくりするけれど、今回もまた驚いている。なんてものを見てしまったんだ、なんてものに触れてしまったんだという驚きである。

さとうしょうご/1955年長崎県生まれ。83年『永遠の1/2』ですばる文学賞、2015年『鳩の撃退法』で山田風太郎賞、17年『月の満ち欠け』で直木賞受賞。他の著書に『アンダーリポート/ブルー』『身の上話』『小説の読み書き』『小説家の四季』など。
 

かくたみつよ/1967年神奈川県生まれ。2005年『対岸の彼女』で直木賞、21年『源氏物語』訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)受賞。