古代文明に対する世の関心は根強い。大ピラミッドを建造した古代エジプト文明が特に周知の例だろう。ではエジプトと交流があったミノア文明はご存じだろうか。エーゲ海の南に位置するクレタ島において、4000年前に発展していた青銅器文明である。神話に伝わる迷宮のようなクノッソス宮殿の発掘以来、研究が進められてきたが、使用文字が未解読でもあり、未だ謎が多い。このミノア文明を出発点に、世界の古代遺跡をめぐる大航海によって、歴史教科書には語られざる人類史を探求する……本書はそんなロマンある冒険を追体験させてくれる。
タイトルの「アトランティス」について知っている読者は、怪しげな気配を感じるかもしれない。太古に繁栄したが大災害で滅んだ国、アトランティスの伝説は、オカルトや偽史に継承されてきた。その伝説については怪しい魅力の源まで理解を試みることも勧めたいが、ひとまず本書はオカルトと無縁だ。
著者は1937年にロンドンに生まれ、幼少期を中国で過ごした後、英国海軍に所属し、潜水艦の艦長も務めた異色の経歴を持つ。海軍を辞してから政治活動などを経て、次第に人類の航海史再考を構想する。そして2002年に初の著作『1421』(邦訳:ソニー・マガジンズ)を刊行、中国の艦隊がコロンブス以前にアメリカ大陸に到達したと主張して話題を呼んだ。続く『1434』(2008年、未訳)では中国からヨーロッパへの歴史的影響を扱い、本書が3作目(原著刊行2011年)である。
クレタ島旅行をきっかけに、著者はミノア文明の実態解明を企図し、銅の採鉱・運搬を焦点にエジプトやインド、転じてヨーロッパ各地からアメリカ大陸まで、ミノア人の大航海の跡を求め現地調査を行っていく。そして、ミノア人が世界に広がる海上帝国を形成したと推理し、繁栄したアトランティスの伝説を想起するのだが……。
本書の叙述は航海譚のようだ。風まかせのように論が漂うこともあれば、大海原を進むがごとくの展開に爽快感をおぼえたり、未知の土地を探索するような興奮を喚起されたりもする。航海する著者に共感できれば、より楽しめそうである。
本書に限ったことではないが、非専門家の著書を読むおもしろさとして、その分野の専門家、教科書や通説などの権威に立ち向かうという冒険的要素がある。個々人が解釈し思い描く余地がある過去の歴史は、そういった冒険的著述と相性が良い題材・舞台だ。ただし、そこでは必然的に想像の飛躍が生じやすい。
本書を含む著者の一連の主張についても、関連分野の専門家たちからは、論拠の薄弱さ、偏った解釈などに厳しい批判が多く寄せられてきた。留意が必要だが、こうした反響はまた、本書が物語る冒険の魅力と表裏一体といえるだろう。
Gavin Menzies/1937年、英国ロンドン生まれ。幼少期を中国で過ごす。15歳で退学し、海軍に入隊。潜水艦に搭乗し、マゼランやクックの航路をたどる。退役後、みずから世界中を調査し、明王朝時代の中国艦隊の大航海を解き明かした『1421 中国が新大陸を発見した年』を発表。2020年死去。
しょうじだいすけ/1975年生まれ。西洋文化史研究者。著書に『アトランティス=ムーの系譜学〈失われた大陸〉が映す近代日本』など。