竹田ダニエルが『迷彩色の男』(安堂ホセ 著)河出書房新社

 都内のクルージングスポットで26歳の黒人ゲイ男性「いぶき」が暴行された姿で発見される。いぶきと同じ属性でありながらも、一般社会ではセクシュアリティを隠す主人公の「私」は、事件の背後に浮かびあがる“迷彩色の男”の正体を追う。芥川賞候補となったデビュー作『ジャクソンひとり』に続く今作は孤独や憎しみといった感情と、スリリングな情景描写が特徴的だ。

 まず、この作品がいま日本で書かれ読まれること自体に、社会的意味があると感じる。「わかりにくい」「共感できない」ともし感じる読者がいるならば、その感情を浮き彫りにする作用こそがこの作品の意義でもあると応えよう。冷酷な空気、残酷な「モブ」にあたるのが、一般読者なのだから。この作品の本質である「ブラック」で「ゲイ」の経験や生き様を濁すような評価、ないしは「(マジョリティ側の)読者に寄り添う」ことを求める声が、またこの物語が指摘する傲慢さそのものなのではないだろうか。

 コンタクトスポーツのようなセックス、相手に「なりたい」という羨望からくる「同化したい」という性的欲求、シスヘテロ社会からは決して見えない世界のみで共有された「暗黙の了解」に基づくハイコンテクストなシグナリング。ヘイトクライムの対象にならないために、どこにいても「本性を見透かされてはいけない」という恐怖を感じつつ、恐怖を与える側にもなってはいけない。常に演技をしなければならない現実を生きる人は、日本にたくさん存在する。

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 これらの「リアル」を知らない人にとっては、「よくわからない世界観」に感じられるだろう。実際に一般の人々からは「隠された」世界を、本書は少しだけ当事者目線で見せてくれる。萎縮せず、迎合せず、ただありのままの「リアル」のエッセンスが細部まで凝縮されている。差別や抑圧は、決して「わかりやすい」ものではないのだ。

 感情を抑圧する男性性と、それをさらに助長するゲイカルチャーの重複によって「わかりやすい」感情表現はほとんどない。肉体のぶつかり合いでしか自身を癒せず、傷つけたい、傷つけられたいという願望を実現できない。孤独や怒り、愛情や羨望、憎しみや嫉妬、オープンな場所でもクローズドな場所でも、いつまでも表現することが許されない。「隠しごと」を続けた結果、いったい何が残されるだろうか。血は体内で勢いよく流れていても、心のどこかは既に死んでいる。

 本作においては、悪しきジェンダーロールの煮凝りを内面化してしまったコミュニティの有毒な文化と、社会からの制度的な差別や抑圧が混ざることで生まれる心境とその描写こそが、特段圧倒的だ。安堂ホセという作家がいま文章を書いていること自体に、大きな意義があると感じる。

あんどうほせ/1994年、東京都生まれ。2022年、「ジャクソンひとり」で第59回文藝賞を受賞し作家デビュー。同作は第168回芥川龍之介賞の候補作にもなった。二作目の小説となる本作『迷彩色の男』は第45回野間文芸新人賞の候補作にノミネート。
 

たけだだにえる/1997年、カリフォルニア州生まれ、在住。ライター・研究者。著書に『世界と私のA to Z』『#Z世代的価値観』。