拙著『珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて』の中で、ゲイカップルの話を書いた。文庫にして13ページと短い物語だが、アウティングやカミングアウトの強要を恐れながら生きるLGBTQの苦労を紹介することには何かしらの意義があったと信じたい(なお、セクシュアリティの問題をミステリ的アイデアに用いることへの葛藤については同書のあとがきに記した)。
その作中では当事者が大学生だったこともあり、「本人が向き合っていくしかないこと」と書いたが、現代では特に会社組織などにおいて、SOGI(性的指向・性自認)に関するハラスメント=SOGIハラを予防し取り締まるための法整備が進んでいる。神谷悠一『差別は思いやりでは解決しない ジェンダーやLGBTQから考える』は、そうした枠組みについて解説する本だ。
本書は、著者が受け持つジェンダー・セクシュアリティに関する大学のレポートや企業研修のアンケートに、「思いやり」や「配慮」といったフレーズが頻発することに違和を感じたところから始まる。LGBTQ(またはその他の社会的弱者)には思いやりをもって接する。誰もが一度は口にした心当たりがあるのではないか。「思いやりの何が悪いの」と、反発さえ覚えるかもしれない。
しかし、現実に困難を抱えている人にとって、「思いやり」は往々にして何の解決策にもならない。堅田香緒里は『生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』の中で、女性の尊厳(バラ)に関する話ばかりでお金(パン)に関する話をしない人たちを「ネオリベラリズム」と称して非難している。とかく人は様々な問題を精神論で片づけたがるが、そこから脱却していかなるSOGIを持つ人も傷つかないルールを構築するために、本書は必携である。
今年4月に改正労働施策総合推進法が施行され、すべての企業でSOGIハラの防止対策を講じることが義務化された。すでに「思いやり」で済ませられる時代ではなくなっているのだ。とはいえ、LGBTQに関する議論が活発になったのは2010年代に入ってからで、それまでSOGIハラは社会的に看過されてきたという時代背景があり、日本人の間にはいまだ根強い差別意識が横たわっているし、「自分は差別しない」と思い込む人ほどアンコンシャスバイアスに目を向けられない。何がSOGIハラに該当するかは、併せて前著『LGBTとハラスメント』(松岡宗嗣との共著)を読みたい。
いま、ジェンダーやLGBTQを取り巻く社会状況は確実に変革のさなかにある。この世に生きる誰もが無関係ではいられない。本当の意味での「思いやり」を持った現代人になるために、本書は手を差し伸べてくれるだろう。
かみやゆういち/1985年岩手県生まれ。早稲田大学教育学部卒、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。LGBT法連合会事務局長。著書に『LGBTとハラスメント』(松岡宗嗣との共著)。
おかざきたくま/1986年生まれ。代表作に「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズ(既刊8巻)、近著に『下北沢インディーズ』。