私の人生のロールモデルはどこに、と、うつむきがちになるときがよくある。
かつては頭の隅にいつも置いていたはずの、幾人もの憧れの女性像は、ぶちあたった幾つかの岐路にみんな置いてきてしまったから。
『焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史』には、少し昔に生きた、数多の女たちが登場する。有名無名を問わず、この本の中に集まった彼女らは「今から一世紀以上前に遡り、日本とアメリカの産業革命期に関する史料の中で私が出会った女性たち」だと、歴史地理学者の湯澤規子さんはいう。実際には顔を合わせる機会はなかったが、「日常茶飯」のキーワードで繋がっている、とも。
まずは、『女工哀史』を、描かれた側の視点から読み直すところからはじまる。生まれ育った土地を離れて工場で働きづめの暮らしは、これまでみじめさばかりが強調されていたが、得られるものもたしかにあった。第一にはもちろん、賃金である。自力で稼いだお金が彼女らに与えるものは、心の自由。自由の一部はお金で買えるというのはほんとうだ。また、新奇な食べものを口にする時間も暮らしに生彩を与える。決して豪奢な一皿ではなくむしろチープな、出来合いの一品であっても。タイトルにある焼き芋もそのひとつだ。
焼き芋の代わりをドーナツがつとめた19世紀末のアメリカでは、高等教育を受けた女たちが頭に身に染ませた知識を、自らの家庭内に還すだけでなく、おもてに出て他者に伝えたりさらに深めたりする気運が高まりつつあった。たとえば、家政学という分野を開拓したエレン・スワロウ・リチャーズの来し方はとても興味深い。父が営んでいた、生活道具と食品を扱う店を手伝った経験から、台所で日々おこなわれている作業を化学で解明しようと志した人。直に出会ってはいないものの、エレンと、彼女ゆかりの研究所で学んだ津田梅子とのあいだに、湯澤さんは「シスターフッド」という言葉を梯(かけはし)のように配置する。
つくづく残念なのは、明治初期にははっきりとあった「新しい女子教育」の芽が摘まれ、明治後期には「家父長制と親和的な良妻賢母論が台頭し」たこと。今の世の中にもその挫折がしつこく尾を引いているのだと、私たちはいやというほど思い知らされている。
湯澤さんが選び抜き、あちこちにちりばめた彼女らの言葉も大きな読みどころである。とりわけぐっときたのは、1913年に伊藤野枝が雑誌『青鞜(せいとう)』に寄せた「新らしき女の道」の一節。
「新らしい女は今迄の女の歩み古した足跡を何時までもさがして歩いては行かない」
読了してみれば、あるひとりの理想の女性像を忠実になぞってみたってしょうがない、自らが、自分自身を捏ねあげていくべきなんだね、と、思い至る。この本の中のみんなは、そうやってきたはずなのだから。
ゆざわのりこ/1974年、大阪府生まれ。法政大学人間環境学部教授。専門は歴史地理学、地域経済学、農村社会学。著書に『胃袋の近代』『7袋のポテトチップス』『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』『「おふくろの味」幻想』などがある。
きむらゆうこ/1975年、栃木県生まれ。文筆家。近著に『BOOKSのんべえ』、『ピロシキビリヤニ』(リトルプレス)などがある。