平凡な女性が周囲の人びとを巻き込みながら「沖縄のサトウキビでラム酒を造る」という夢を叶える物語。とはいえ、決してわかりやすいサクセスストーリーでないことが冒頭の数ショットで明示される。緑の海のように風に波打つ沖縄・南大東島のサトウキビ畑。ゴツゴツした職人の手。祖母・母・孫の女3人で囲む食卓。広告業界で活躍する芳賀薫はこれが映画初監督ながら、原作小説で原田マハが繊細に描いた「家族」「ものづくり」「沖縄」といった多様な要素をすべて映画に注ぎ込み、さらに深めてみせた。
「企画が動き出した当初、僕自身は『家族』に焦点を合わせた物語をつくるつもりだったんです。ところが脚本開発の途中でプロデューサーから『がんばって働けば報われる要素をもっと』、原作者の原田さんからは『お酒造りの過程をしっかり描いてほしい』とリクエストがありました。必要なことだと感じて反映したら、今度は別のプロデューサーに『いろんな要素をなんとなく良い感じにまとめてない?』とつっこまれ、ドキッとして(笑)。最終的に主人公の成長にフォーカスした脚本にブラッシュアップすると、彼女がいきいきと輝き出し、それにつられてほかの登場人物も動き出した。みなさんに助けられて完成した物語です」
「演じられるのは伊藤さんしかいない」
主人公の伊波まじむを演じるのは、伊藤沙莉。これは芳賀のたっての希望だった。
「まじむは良い意味で“普通の人”。ただ真心をもって人と接しているうちに自然と相手を惹きつけ、自分の目標に巻き込んでいく。演じられるのは伊藤さんしかいないな、と」
そんな思いを手紙にしたためて伊藤にオファーしたところ、快諾。これが作品に弾みをつけ、高畑淳子、富田靖子、染谷将太、滝藤賢一といったキャストが決まっていく。
「たぶんみなさん『虎に翼』の伊藤さんと一緒にやりたいと思ってくださったんでしょうね。誰にもオファーを断られなかったですもん。しかも、初回の本読みに“まじむ”を完璧につくり上げて参加してくれて。ほかの役者さんも影響を受けたと思います。『伊藤沙莉、ここまでつくってくるのか』と。おかげで最初から全員のベクトルが一致して、こちらの想像を軽く超える演技を見せてくれました」

