売れない俳優として長年苦労し、家族に迷惑をかけ、それでも演劇への情熱を捨てきれなかった

 こうした背景を踏まえると、『ばけばけ』第1話での共演シーンは単なる話題作りではない意味を持っているように見えてくる。実の親子でありながら劇中では他人として、しかも息子が父を辛辣にディスる構図に、2人の複雑な関係性が透けている。

 岡部たかしが演じる司之介は、まさに『ばけばけ』のキャッチコピー「この世はうらめしい。けど、すばらしい」を体現する存在だ。時代に取り残されて新しい時代を恨み、プライドと現実の狭間で苦しむ姿は滑稽でもあり、同時に哀愁を帯びている。

岡部たかし 公式サイトより.jpg

 明治維新という大変革の中で、武士としてのアイデンティティを失い、新しい時代に適応できない男。その姿は、現代を生きる我々にも通じる普遍的な苦悩に満ちている。

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 岡部たかし自身も、売れない俳優として長年苦労し、家族に迷惑をかけ、それでも演劇への情熱を捨てきれなかった過去を持つ。その経験が、司之介という時代に取り残された男の悲哀と滑稽さを、リアルに演じることを可能にしている。

同じ場所で同じポーズを取る「変則ツーショット」も 「ばけばけ」公式Xより

 息子のひろきは、複雑な感情を抱えながらも父と同じ俳優の道を選んだ。劇中で父親の演じる司之介をディスる教師という配役は、実生活での複雑な父子関係と奇妙に呼応している。

 岡部たかしが長い下積み時代を経て50歳でブレイクしたように、人生に遅すぎることはない。息子のひろきが父への複雑な感情を演劇にしたように、苦い経験も芸術の糧となる。そんな人生の機微を、『ばけばけ』は岡部親子の演技を通して視聴者に届けているのかもしれない。

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