『鴨川ホルモー』でのデビューから、『鹿男あをによし』、『プリンセス・トヨトミ』、『八月の御所グラウンド』と大ヒット作を世に送り出し続ける作家・万城目学さん。万城目さんが日常の「面白い」を鋭く切り取ったエッセイ集『万感のおもい』(文春文庫)から、京都大学の名物「立て看」の今を綴った一篇「さよなら立て看」を転載します。
◆◆◆
かつて、京都大学の名物と言っていいものに、立て看板、通称「立て看」というものがあった。
おもに百万遍の交差点から南方向へ、東大路通に沿ってずらりと並び、さらに東一条の交差点から東へ大学正門に向かって、直角にその進路を変える。
立て看板というだけあって、大学の外周の石垣に、生け垣に看板が立てかけられている。サイズも小さなものから、大きなものまで、かたち、色合い、文言もさまざま。そこでアピールするのは、サークルの部員勧誘、劇団の次回公演、政治集会の日程等々。有名どころから、果たして実在するのかどうか定かではないサークルまで、それらがてんで勝手に看板を並べ、百枚百様の主張を往来の人々に向け野放図に撒き散らしていた。
それは見慣れた風景だった。
あまりにありふれた日常ゆえ、私が京大に在学していた九〇年代後半、東一条通の左右を埋め尽くす看板に対し、きれいだとか、汚いだとか、今さら考えることがなかった。ただ、アニメ同好会の立て看の隅に、高校で同じクラスだった男の名前が代表として書かれていたときは何とも言えない気分になった。
所詮、頭でっかちな京大生の作るものなのでアートにはなり得ないし、政治的主張も完全に時代錯誤なもので誰に訴えているのかわからない。それでも、下手くそな絵や字をこねくり回し、意味のわからないフレーズを書き殴る看板を眺めながら、
「ああ、アホが今日もアホしてる」
という無形の安心感を得られたものだった。
しかし、それらはもはや失われた風景だ。

