小説の「おかしみ」と「悲しみ」

一穂: 『激しく煌めく短い命』は、綿矢さんの中で一番長いお話になりますか?

綿矢: はい、気づいたら長くなってしまい。長編ってもっと登場人物が多くて、謎もたくさんあるものだと思っていたんですけど、全然そんなことなくて。想像していたのとは違う長編になりました(笑)。一穂さんは本によって書きたいテーマは変わりますか? それとも一貫したテーマみたいなものがありますか?

一穂: 毎回、前とは違うことを書こう、自己模倣はしないでおこうとは考えています。そのうえで何かひとつ、まだ書いていない、新しい感情を書いていきたいです。テーマについて言うと、もっとたくさん小説を書いてから振り返ったときに、うっすらと炙り出しのように見えてくればいいですね。

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綿矢: 意識せずに積み重ねた結果、共通のテーマが見えてくる……。素敵ですね。一穂さんの『恋とか愛とかやさしさなら』を読んだときは、人間の複雑な心理のままならなさや、性の難しさ、色んな壁にぶつかってもなんとか立ち上がって生きていこうとする、人間のひたむきさについて、深く考える機会をいただけました。『光のとこにいてね』もそうですが、“どうしてこんなことになったんだろう?”と首をかしげるような事象も、登場人物の心情が丁寧に冷静に優しく描かれることによって、だんだん理解できるようになります。どんな人も“ぜんぜん分かんないこの人”と拒絶する前に、一度向き合ってみようという、作家の真心が伝わってくる感じがしました。

一穂: そんなに読み込んでくださって感激です。大体、書き終わってから「これが書きたかったんだな」と気づくことがほとんどなんです。綿矢さんはどうですか?

綿矢: 私も、いざ「この作品のテーマは何ですか?」と聞かれるといつもわからなくなってしまうのですが、最近、自分が書きたいのは愛や死といった大きなものではなく、「おかしみ」と「悲しみ」のようなニュアンスなのかな、と思うようになりました。

一穂: すごくわかります。綿矢さんの作品で「おかしみ」と「悲しみ」は表裏一体ですよね。泣いているうちに笑えてきたり、笑っていたら急に寂しくなったり。そのグラデーションがとても魅力的なんです。そして、描写は繊細なのに、むやみに感情を言語化しない潔さも素晴らしくて。主人公が自分の気持ちを無理に説明しないじゃないですか。それも勇気のいることだと思います。最近、SNSを中心に言語化がもてはやされる風潮があると思うんですけど、そのあたり綿矢さんはどうお考えですか?

綿矢: 誰かがパッと言い表してくれるとスカッとしますよね。その人の知性みたいなものも感じるし。でも私は、紙相撲をトントン叩いても盤上の力士がどっちに進むか分からないように、ただ登場人物に振動を送るだけ、という感覚で書いています。それ以上、人間に対して距離を詰められない限界があるというか。

一穂: でも、ひとつひとつの文章がくっきり立っていないと、何が言いたいか分からない小説になってしまいますよね。綿矢さんは何を書いても「綿矢りさの小説」になるのがすごい。たとえラバースーツを着た女スパイの話を書いても、きっと綿矢さんの小説になるんだろうなと思っています(笑)。私にとってはポンデリングのような存在です。口当たりは軽いのに、カロリーはしっかりあって、受け取るものが大きい。

綿矢: そう言っていただけて嬉しいです!

激しく煌めく短い命

綿矢 りさ

文藝春秋

2025年8月25日 発売

光のとこにいてね (文春文庫)

一穂 ミチ

文藝春秋

2025年9月3日 発売

最初から記事を読む 「当時は高校生でもブランド品を持っているのが当たり前」綿矢りさが見つめた90年代の飢餓感と就職氷河期世代の焦燥。綿矢りさ×一穂ミチ対談【前編】