それから5年後、藤本は美幸と結婚した。美幸もまた、藤本を無条件で愛してくれた一人だった。藤本の世界観としては「オレにはおかん、江利佳、美幸しかいない。おかんも江利佳も美幸も好きだから動いてるだけ。3人が泣いている顔は見たくない。自分が守りたい人が泣いているのが嫌だから動く。3人の笑顔が見たい。ただ、それだけだ」というのが行動基準なのだ。
懲役は…
検察は公判で「江利佳さんは今後も生活していくことが前提の行動を取っていて、仮に殺人の依頼があったとしても、本心ではなかった」として、藤本に懲役15年を求刑した。
だが、裁判所は「被告人はこれまで被害者から『死にたい』と言われたことはないと言っており、目の前で遺書を作成するなど、『殺してほしい』と言われたのを本心だと誤信した可能性がある。状況を悲観的に判断し、真意と捉えてもやむを得ない」として、嘱託殺人罪を適用し、懲役5年6カ月を言い渡した。
藤本を精神鑑定した社会病理学の専門家は次のように話した。
「被告人の場合、被害者に『死にたい』と言われ、『何とかしてあげたい』という気持ちと『楽にしてあげたい』という気持ちが同時に持ち上がり、『楽にさせてあげることが自分にできることだ』という倒錯した愛情表現が優先して持ち上がった結果、今回の事件につながったと考えられる。
社会病理学の専門用語では、矛盾する2つの命令を出すことで、精神的なストレスがかかることをダブルバインドと言います。相手を受け止めると言いながら、相手の苦悩を引き出してしまい、ダブルバインドをより強めるコミュニケーションを取ってしまい、被害者に対して噴出する心理的な不安定さがきっかけとなって、こうした意識のもとで犯行が行われたと言える」
他者には何とも理解しがたい事件だが、地下鉄の駅から徒歩1分という一等地で起きた怪事件は、こうして幕を閉じた。
