命がけで造られた道

 魚のことを“とと”ということから、そのルートは“とと道”と呼ばれていたという。吹屋は山深い場所にあり、非常に過酷な道のりだった。当初は人が荷物を担いで運んでいたが、時代とともに発展し、自動車道として整備された“とと道”こそ、現在の岡山県道300号と羽山第二隧道なのだ。

 羽山第二隧道とその前後の道は深い渓谷に沿って伸びており、まさに命がけで造られた。

羽山第二隧道付近の羽山渓。切り立った地形になっている

 山の上から命綱で吊るされた状態で、工夫が岩を削ったといわれている。羽山第二隧道は大正3年に着工し、15年間に及ぶ難工事の末、昭和4年にようやく開通した。

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南側の隧道入口

 羽山第二隧道が歪な形をしているのは、もともとあった鍾乳洞を生かして造られたからだ。横に細長い形をしており、現代のトンネルとは程遠い見た目をしている。とてつもない難工事であったが、少しでも早く安全な道を造ろうと知恵を絞った結果といえるだろう。

羽山第二隧道の脇に鍾乳洞の入口がある。高さが1メートルに満たない場所も多い暗闇で、大量のコウモリも生息しているが、平気な方なら楽しめるだろう
かなり色褪せてしまっている鍾乳洞の案内板

 命がけで造られ、吹屋の発展に大きく貢献した羽山第二隧道。

 鉱山が閉山し、並行する周辺の道路網が整備された今となっては、時おり車が通る程度で、とてもひっそりしている。

周辺道路網の発達もあり、現在はひっそりしている

 吹屋の赤い町並みと合わせて羽山第二隧道も訪問すれば、標高500メートルの山深い場所で栄えた町のことを、より深く理解できるのではないだろうか。

 遠方の方もおられるだろうが、大迫力の隧道を体感するためだったら、全国どこからでも足を運ぶ価値が十分にあると私は思っている。

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