国際情勢が緊迫するなかで ICCへの訪問

  このような渦中にあって、赤根所長自ら様々な国に趣き、ICCを、そして「法の支配」を守るために力を貸してもらえないかと様々な筋への働きかけを続けている。9月下旬に開かれた国連総会の演説で、フランスのマクロン大統領がICCとICJ(国際司法裁判所)に対する国際的な支援を呼びかけたのも、おそらくその具体的な表れだろう。ICCはローマ規程という国際条約を批准している125カ国の締約国からなるが、ロシア、アメリカは非締約国であるため、両国からの圧力に対してはとりわけ締約国の緊密な連携が必要になるのだ。

ICCの正面玄関には締約国の国旗が掲げられている

 ちょうど国連総会から遡ること2週間ほど前、本書の担当編集者である私は日本財団のチームとともにハーグのICCを訪れていた。裁判所長会議、裁判部、検察局、書記局などから構成されるICCの成り立ちや、各部局の役割、被害者たちの損害回復を十全なものとするための「被害者信託基金(TFV)」という先進的な取り組みまで、2日間にわたって部署横断的に話を聞くことになっていた(その中心には、日本国内における犯罪加害者の更生支援、犯罪被害者支援の双方を再犯防止の観点から充実させていきたい、そのためにICCのプログラムに学び、協力関係を築けないかという日本財団の職親プロジェクトチームの模索があった。これについては後述する)。

 充実した現地取材を振り返りながらICCの取り組みについて紹介しつつ、戦争犯罪をどう解決したらいいのか、被害者の真の回復とは何かを日本の状況にもひきつけて考えてみたい。

ADVERTISEMENT

 訪れたICCの建物はキューブ状の立方体が積み重なったモダニズム建築だった。海が近く海鳥が飛んでいる。建物の中に入ると、まず厳重なセキュリティチェックを受ける。エントランスを抜けて玄関の正面のガラス向こうには法廷があり、廊下の先にさらに進むためには、さらなるセキュリティチェックを受ける必要がある。また、法廷で証言を行う証人のための施設には各ドアのキーを持った職員のパスが必要で、その厳重さは「私もここから向こうに入るのは初めて」というスタッフの会話からもうかがわれた(検察局などでも高い独立性が担保されており、検察局以外の職員は入ることができない)。

オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)

 裁判所内のカフェコーナーで朝のセッションの始まりを待っていると、”The world is collapsing”とつぶやく職員の声が聞こえてきた。世界が壊れかけている。確かに前々日にはアメリカで保守派の政治活動家のチャーリー・カーク氏が銃撃されて死亡という衝撃のニュースが流れ、この日は朝から、政府のSNS規制に抗議する若者たちのデモによってネパールに火の手があがり、ロシアのドローンがポーランド上空に侵入したというニュースが飛び交っていた。ロシア・ウクライナの戦争は終わることなく、パレスチナの被害状況は悪化の一途を辿っていた。世界情勢が緊迫するほどICCへの注目も圧力も増すという皮肉な状況があるが、先行きが見通せないパレスチナとイスラエルの「戦後」に思いを馳せても、存在意義はますます増しているといえるだろう。