多様なバックグラウンドの職員と日本人が働く書記局の仕事

 セッション1日目の冒頭、ICCの組織についてのレクチャーがあった。職員は1000人弱で、英語とフランス語の2カ国語が公用語ということからもわかるように、人種もバックグラウンドも様々だ。もともと自国で弁護士や裁判官など法曹だった人もいれば、研究者出身者、NGO出身者もいる。日本人職員は赤根所長を含めて10人強、あと30名増えるのが理想とのことだが、国際機関への就職が国内で評価されるヨーロッパの国々とは違って日本国内ではむしろ出世にひびくため、なかなか増えない歯がゆさがあるという。

 現在、数少ない日本人職員の所属先のひとつが書記局だ。事案分析の仕事を担当する部署は、現在捜査中のウクライナ戦争などに関して、今のタイミングで現地調査に入るのが安全かどうか、外交筋や現地事務所などへの聞き取りを行い、情報分析の観点から他部署の任務遂行を手助けする仕事なども担当されているそうだ。政争の具として利用されることも少なくないICCが現地でどのように見られているかをリサーチすることもあるという。書記局は、広報・アウトリーチ活動、その他にも逮捕状執行のための手続きや被疑者の移送まで、裁判のために必要な幅広い仕事を担う。

 アウトリーチ活動については、中央アフリカ共和国にまつわるエピソードが興味深かったので紹介したい。中央アフリカ共和国は内戦が絶えず政情不安定で、過去に2度、自国からICCに捜査を付託している。具体的な事件数は複数にわたるが、いずれも被害者の数が多く、犯罪被害からコミュニティ全体の回復までをも目指すICCとしては、まず自国で起きた犯罪がどのようにICCで裁かれるのか、ICCという組織自体を知ってもらう必要があると考えた。そのためには限られた司法へのアクセスを住民に開放するための方策が必要となる。

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 国土は広く、人口は少なく、都市よりも村に住む人口が多い国でどうやって情報に接してもらえるか? と現地に入ってリサーチしたところ、中央アフリカの各村にはバーがあり、そこに集って人々がサッカーを観戦する習慣があることが分かった。そこで「シネカフェプロジェクト」と題して公判を含むICCのコンテンツを各地のバーのテレビで流したところ、広く知ってもらうことができ、そのプロジェクトは成功したのだという。

 設立当初はアフリカの事案を扱うことが多かったが、最近ではウクライナやパレスチナをはじめ、ロヒンギャ難民をめぐるミャンマーの事案や、「麻薬戦争」におけるフィリピンのドゥテルテ前大統領へ逮捕状が発付されたりとアジアの事案も増えてきた。そうなるとまたその地域に即したリサーチや新たな専門家との協働も必要になるそうだ。 

桁違いに多い被害者と証言者をどうやってケアをするのか?

 ICCが訴追するケースは、戦争犯罪、人道に対する犯罪、ジェノサイド、侵略犯罪の4つの中核犯罪と呼ばれる重大犯罪で、その難しさはカバーすべき範囲の広がりにある。例えば戦争犯罪を思い浮かべればわかるように、犯罪が起きた期間も年単位で長ければ、地域も広範に及び、なおかつ被害者の数が数百人から5000人以上に及ぶこともあるなど桁違いに多い。1人から2人の被害者参加弁護人を定め、被害者の代表として公判に参加可能になっているなど独自のシステムが設けられているのもそのためだ。

国際刑事裁判所の機能と役割

 有罪判決が出た後に被害者に支払う賠償金も莫大だ。賠償命令が出た際に被告人には支払い能力がないことが多いため、支払いを代行すべく、ICCには「被害者信託基金(TFV)」という先進的なファンドの試みがある。締約国などから資金を募り、賠償命令からタイムラグなく被害者へ実際の賠償を可能にすることが目指されている。

 また、裁判過程における証言者の数の多さも桁違いだ。通常、数十人から百人単位の証言者が証言を行うものの、全員がICCの法廷まで直接足を運べるわけではない。そもそも証言者がハーグに来るとなると、その人が住まう地域で他の住人に「証言したことがばれる」リスクがある。パスポートを保持していなかった人が急にパスポートを持ち、ある日突然村から10日間ほど姿を消した……となると、「あの人が証言した」と地域で噂になり、時として命に危険が及びかねない。そのため、ICCには証人保護をする専門の部局があり、捜査が始まる前から証人の保護が始まる。捜査の過程を経て予審があり、証言がなされ、公判が終結するまでの長いプロセスにおいて証人保護が貫徹されるというのだから、その労力は相当なものだ。

 パンデミックを経て遠隔でもビデオリンクを通じた証言が可能になり、移動の必要性が減じたことから証言への物理的ハードルもだいぶ下がったものの、重大犯罪の増加とともに「証人のニーズは増える一方」だそうだ。「ウクライナのケースでは戦争最中なこともあって、実際に証人に命の危険が及ぶことも少なくないんですね。一人に何かあれば複数人にそのリスクが波及しかねないから、現地の事務所や国際機関と緻密で繊細な連携をはかっている」と現在進行形の大変さを語ってくれた。