ロシアによるウクライナ侵攻とイスラエルによるパレスチナへの非人道的な攻撃。目まぐるしく国際情勢が変化するなか、この二つの戦争に向き合い、プーチンとネタニヤフに逮捕状を出した国際刑事裁判所(ICC)。ニュルンベルク裁判、東京裁判という二つの軍事法廷裁判にルーツをもち、国際平和秩序を守ろうと奮闘してきた裁判所だが、トランプ米大統領による制裁などによって存続の危機に瀕している。そのトップを務める赤根智子さんが、二つの戦争をはじめ国際紛争に対峙する日々、そして来し方を語る。(前後篇の後篇/前篇から読む

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支援を求めて奔走する日々

 2024年11月21日、(国際刑事裁判所の)予審第一部は、イスラエルのネタニヤフ氏、ガラント氏、ハマスのデイフ氏の3名に逮捕状を発付する決定を下しました(デイフ氏はその後死亡が確認され、逮捕状を撤回)。もちろん、裁判官たちが証拠やその他の資料を精査し、法に照らして判断したものに違いないのですが、これがアメリカのさらなる反発を呼ぶことは間違いがなかった。トランプ氏の大統領就任を翌年1月に控え、厳しい制裁の発動がいよいよ現実味を帯びてきました。

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 私は、あちこちを駆けずり回って、ICCが危機に直面していることを訴え、支援を求めました。年末に日本を訪れて、外務省の方々や国会議員の方々に協力を要請しました。

赤根智子さん

 12月2日から6日にかけてハーグで開かれた締約国会議では、演説を行って各国にメッセージを送りました。私は、「あたかもテロ組織であるかのように、国連安全保障理事会の常任理事国から制裁をちらつかせられている」と、強い表現で危機的な現状を訴えた。そして、早急に政治的・外交的な努力による支援をしてほしいと各国に要請しました。裁判業務においては中立を旨とし、裁判の中身においてのみ、その意見を明らかにすべき裁判官としては、踏み込んだ発言だったとは思います。しかし、いまはまさに緊急事態であり、ICC所長としては、締約国に具体的な行動を促すことが喫緊の課題だと考えたのです。

 演説には、「どうか月を見てください。月をさし示す指ではなく」という言葉を織り込みました。同僚のアイタラ判事のアイデアです。彼によると、仏教の教えに由来していて、ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン』に同様のセリフが出てくるらしい。「欧米人はよく知っているから、使うといいよ」と言ってくれたので、入れてみました。逮捕状を出したICCに気を取られるのではなく、出された相手のほうを、いま世界で起きていることのほうを見てほしいという趣旨です。

 参加した締約国からは、「ICCを支持する」との発言が相次ぎました。しかし、すぐに具体的な行動を起こして、アメリカに働きかけるなどした国はほとんどなかった。制裁の発動は、もはや秒読みの段階でした。