就活期間は人生最強のカードを持ってる状態

就活生: 就職する前と後、作品を発表する前と後で、人生設計に変化はありましたか?

城戸川: デビューとは関係ないタイミングなのですが、仕事観が変わったのは、商社の中で、自分で「これ面白い」と思って突っ走った仕事の経験が大きいですね。それまでは、キャリアパスやキャリアプランを考える派だったんです。何年までにこういう仕事をして、何年までにこうなって、海外駐在に行って、戻ってきたらこのポジションで、みたいなことを割と計画していました。

 それがガラッと変わったのは、新規事業開発の仕事で、がむしゃらに自分が面白いと思ったことで突っ走ってから。「〇〇ならあいつに聞け」みたいなのが社内で定着し、いろんな人から声がかかるようになったり、「壁打ちの相談に乗ってくれないか」と頼まれたり、社外からも問い合わせが来るようになったんです。その時思ったのが、目の前の仕事にめちゃくちゃ頑張ってコミットすれば、きっと何かには繋がるんだなと。ちなみにこの経験は、『高宮麻綾の引継書』という物語を書くに当たっての背骨のようなものになっています。

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 細かくキャリアプランを考えて一喜一憂するよりも、目の前の仕事に全力で取り組んで、その結果どこかに繋がるというのが、実は良いのかもしれない。目の前のことを全力でやりきることが、最大のキャリア設計なのかなと。

 加えて、作家デビューしたばかりの今は「とにかく全力で両輪を回していく」という発想。年に何本書いて、次はどこどこの出版社と仕事して、この賞を狙って、みたいな“キャリアプラン”は作家業になっても考えてません。そんな風に考えても絶対その通りにはいかないので(笑)。来た依頼に、自分の書きたいものをどんどん当てはめて、次々と本を出していく。商社も小説家もどちらも同じで、「目の前のことをしっかりやろう」ってのが、最適なキャリア設計、キャリア戦略なんじゃないかという考えに今はなっています。

司会: 改めて就活生の方に何かメッセージをお願いします。

城戸川:就活を単なる職探しと捉えると、めちゃくちゃつまらないし、うまくいかない気がします。就活生は今、人生において最強のカードを持っている時期です。社会人になると「あの会社興味あるな」「あの仕事の裏側ってどうなってるんだろう」と思っても、なかなか聞きに行けません。でも、就活生は「OB訪問させてください!」の一言で誰にでも会えるじゃないですか。

 僕はOB訪問は絶対した方がいいと思っているんです。社会人と会って話して出た疑問を、次のOB訪問で「実は前にこんな話を聞いて、それを踏まえて自分はこういう仮説を持ったんですがどう思いますか?」と繋いでいくと、どんどん積み重ねて深い理解につながっていきます。

 これは単なる面接対策、受かるための戦略ではなくて、自分が社会に対して理解を深め、面白がるための時間です。生きている世界や社会を深く知るためのフィールドワークができる、実は非常に貴重な時間なんですよ。

 

川村:……さすがです。今振り返ると到底信じられないのですが、私はOB訪問は1回もしてませんでした。みなさんは絶対に見習わないでくださいね。機会があるなら、訪問した方が理解が深まると思うので。そんな私でも文春志望の方にアドバイスできることがあるとすれば、「面接官と共通言語を持つこと」です。

城戸川:えっ面白い。共通言語ですか。

川村:はい。私の思う共通言語って、文藝春秋の出版物のことです。雑誌も本もたくさん出しているので、いろいろな質問に文春のコンテンツに繋げて返せたらめちゃくちゃ目立つし、そこから自分の好きな本について話せたり、面接官を自分のペースに巻き込めると思います。

 今もそうかもしれないですが、文春の面接はある段階で、40分くらい面接官と話さなくちゃいけないんです。私は出版業界に絞っていて、文春が第一志望だったものの、見事に他社は全落ちしてたんですね。周りの友人がどんどん内定して髪を染めるなか、私だけ終わってなくて、自尊心は地に落ちました。逆にもうどうにでもなれという感じで、文春に向けて120%の力で準備をした記憶があります。当時、文芸誌の「文學界」志望だったので、1年分のバックナンバーを全部読んで、どんな質問が来ても答えられるようにしていました。今思うと、色んな企業を受ける中で、120%の準備をできる人って意外といない気もするので、おすすめです。私はもうあの集中力を二度と出せないですが(笑)。いやー思い出すだけで動悸がしますね、就活ってしんどいですよね、もうやりたくない。

城戸川: 今の話は、単なる就活のTIPS、裏技じゃなくて、めちゃくちゃ大事なことが含まれていると思いました。まず1つ目。川村さんは「120%の準備で受けてる人はいなかった」と言いましたが、みんなそれぞれの120%は結構出してると思うんです。ただ、川村さんの第一志望への愛が突き抜けているがゆえに、他がそう見えたんだと思います。それは「熱狂」とか「熱量」と呼ばれるものだと思うし、川村さんが200%、300%の力を出せていたから、周りがそういう風に見えたんじゃないですかね。

 もう1つは、これは小説の取材にも通じるなと思ったんですが、「共通言語を持つ」ということは、相手のやっていることに興味を持つということですね。取材させてもらう時、相手のスキルや経験にしっかり興味を持って話を聞きに行けば、相手は「分かってるじゃん」と思って、もっと多くのことを教えてくれる。単なる情報だけでなく、相手の感情や想いも知れたり、信頼関係が生まれることもある。「共通言語を持つ」ことは内定のための小手先テクニックなんかじゃなく、もっと大事な心構えの話だと思いました。

(2025年8月8日文藝春秋本社にて)

高宮麻綾の退職願

城戸川 りょう

文藝春秋

2025年10月23日 発売

高宮麻綾の引継書

城戸川 りょう

文藝春秋

2025年3月6日 発売

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