「セーフティネット」と「オーダーメイド」の2段構え
定期健康診断や雇入時健康診断は11項目も検査を受けることができ、海外派遣労働者健康診断では、追加で医師が必要と認めた場合に腹部画像検査やB型肝炎ウイルス抗体検査を受けることもできます。
いずれも会社などが費用を負担するので、自己負担はありません。
さらに、第10章、11章でも説明したように、自分で追加料金を支払えば、がん検診や人間ドックなどのオプション検査も受けられる。いわば「2段構え」の制度になっているのも大きな特徴です。
健康診断に対して、様々な批判があるのは分かりますが、私自身は、この手厚い「2段構え」の制度は、やはりとても優れたシステムだと思います。
健康診断が、国民全体の健康レベルの底上げを図る「セーフティネット」としての役割を担い、オプション検査が個人個人の状態やリスクに応じてより深く掘り下げる「オーダーメイド医療」への入り口としての役割を担っている。
完全に画一的な健康管理ではなく、一人ひとりの状況に合わせた最適なケアを可能にする、非常に合理的な仕組みです。
それは実際に世界の健康診断をめぐる状況と比較しても明らかです。
欧米を見渡すと、日本の健康診断のように整った制度は、ほとんどないのが実情です。アメリカでは公的な保険は限定されていて、民間保険に自ら加入するか、あるいは雇用主を通じて加入する仕組みになっています。仕組み自体も非常に複雑で、保険の種類によって支払われる金額が異なっていたり、受けられる医療の内容も変わったりします。
アメリカの肥満率は約41%、日本の肥満率は約5%
一人ひとりの加入している保険内容が異なるため、日本の定期健康診断のように一律に実施することが難しく、受診も義務付けられていません。
あくまでも個人の判断で受けるかどうかを決めなければいけない。
強いて挙げれば、1年に1回行う「Annual Physical Exam」と呼ばれる健康診断のような制度があります。基本的には無料ですが、検査項目としては身長、体重、血圧、尿検査、血液検査を行うのみです。胸部レントゲンや心電図のような画像検査はありませんし、医療上必要がないと判断される検査は、保険が利かないため全て自己負担です。
WHO(世界保健機関)のデータによれば、2021年時点の平均寿命は日本が84.5歳で世界トップクラスであるのに対し、アメリカは76.4歳と、他の先進国と比較してもかなり低い水準にあります。またOECD(経済協力開発機構)のデータでは、生活習慣病の温床となる肥満率(BMI30以上)は、日本が国民全体で約5%であるのに対し、アメリカは約41%(2023年)と深刻な状況です。
食生活や経済状況など様々な要因もからむので、一概に健康診断制度だけの問題とは言えませんが、アメリカの健康に関する指標が、先進国平均と比べて明らかに低いことは事実です。
国民皆保険制度がなく、病気を早期発見する健康診断を十分に受けられない状況が、こうした差を生む一因と考えられるでしょう。

