「話すメリットがない」──。取材を申し込んでも、売人たちは首を縦に振らなかった。東京都台東区、上野や浅草を拠点に暗躍する違法薬物の裏社会。フリーライターの花田庚彦氏は半年間にわたり交渉を重ね、ついに現役の売人・T氏と接触することに成功した。大麻使用罪の新設以降、現場では何が起きているのか。新刊『台東区 裏の歩き方』(彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

写真はイメージ ©getty

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「メリットがない」と渋る売人を説き伏せて接触

 台東区の薬物事情はどうなっているのか――。取材をしようと旧知の人間に頼み込んだところ、この界隈を中心に違法薬物の売買を行っている売人に接触することができた。しかし、取材のオファーを出してみるも、相手が難色を示し続けることとなり難航。彼らが話を渋った理由は、シンプルに“話すメリットがない”からである。

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 確かに売人に売買の方法を聞き出し、それを公にさらしたところで、彼らにとっては取り締まりが強化されるだけ。デメリットこそあれど、メリットは何もないのだ。その点を主張する相手に対し、仲介者の協力を得ながら粘り強く説得を続けた。インタビューにこぎつけるまでには、交渉開始から実に半年近くの時が必要となった。

大麻から他の薬物へ人気が移る台東区

 取材当日、約束の時間から遅れること1時間ほどで、T氏は現れた。彼は匿名であることや、自分の身元がわかるような表現を控えることを条件として、30分の間、筆者のインタビューを受けてくれることになった。

 さっそく、主題である台東区の薬物事情について問うと、「上野や浅草は都内でも違法薬物が蔓延している地区の一つ。例えば、上野で流行っているのはコカインかな」と、こちらの期待に応えるように、短いながらも核心を突いた返答をしてくれた。