粘り強い交渉によって、台東区の薬物事情に詳しい売人の取材に成功した、フリーライターの花田庚彦氏。そこで明らかになった、交通機関を悪用した「特殊な受け渡し方法」とは? 新刊『台東区 裏の歩き方』(彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

写真はイメージ ©getty

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「タクシーで覚醒剤が買える」

 覚醒剤も扱っているというT氏。受け渡しの際には、特殊な方法を採用しているそうだ。

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「結構前にタクシーの運転手が売人をやっていて、捕まった事件覚えてます? ああいう感じなんだよね」

 T氏の語る事件について、日本経済新聞(2013年5月23日付)から引用しよう。

 営業中を装ったタクシーの車内で覚醒剤を密売したなどとして、警視庁組織犯罪対策5課と小松川署は23日までに、東京都江戸川区の無職、河村和浩容疑者(23)と同区のタクシー運転手、堀賢司容疑者(53)ら4人を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)などの疑いで逮捕した。

 組対5課によると、4人は容疑を否認している。

 河村容疑者らは堀容疑者のタクシーに「貸し切り」と記した札を置き、覚醒剤目当ての客以外の乗車を拒否。待ち合わせた客に覚醒剤を売っていた。タクシーを使った密売は「亀戸・両国辺りで『貸し切り』となっているタクシーで覚醒剤が買える」という口コミで広まり、客が集まっていたという。

 逮捕容疑は昨年5月、墨田区両国付近を走行中のタクシー車内で覚醒剤(約0.1グラム)を職業不詳の男(31)=公判中=に1万円で売るなどした疑い。

 詳細な地域や、売買方法などは伏せるが、T氏は仲間とこの事件を参考にし、借金を抱えている個人タクシーの運転手数人と組んで、覚醒剤やコカインの売買も行っているという。

「噂にならないようには気を使っているけどね。取り分は運転手が2割で俺らが5割。残りの3割は上に上納している」

二種免許を隠れ蓑に跋扈する“覚醒剤タクシー”

 この事件について、筆者は当時、取材こそしなかったものの、この地域で覚醒剤が買えるタクシーが客待ちをしているという噂を聞いており、印象に残っていた。10年以上経った現在もなお、場所は変われど同様の手法で薬物の売買が行われていることに驚いていると、T氏は続けてこう語った。

「タクシーの売買を始めたのは3年くらい前かな。関係しているカジノで借金漬けになった個人タクシーの運転手がいたから、金利を払ってあげるって条件を提案したら、喜んで乗ってきた」

 その個人タクシーの運転手が数人の仲間を集めて、この地域のどこかで毎夜、“覚醒剤タクシー”を走らせている、ということなのだろうか。

 確かに、飲酒運転や検問などで営業用ナンバーが停められる率は低い。仮に事故を起こしたとしても、運転手に違法薬物の前科や酒の臭いがするなど、怪しいことがなければ車内を調べられることは少ないと思われる。二種免許=プロであるというイメージを隠れ蓑に、今宵もまたどこかで取引が行われているのだろう。

 なお、これらの売買での利益について聞くと、T氏は「2桁の後半」と、歯切れ悪く答え、それ以上は語らなかった。おそらくはその言葉以上には儲かっているのだろうが、細かい話をして警察などの取り締まり当局に目を付けられたくないのだろう。