塩田 いえ、高校時代の僕は漫才師になりたいと言っていたけど、親は近所の関西学院大学に行かせたかったんです。そこで親は姉に説得を頼み、姉は僕に「タケちゃん、あんたはなんで芸人になりたいのかといったら、女の子にモテたいからなんよ」と言った。そう断じられると、僕は言い返せなくて。
有働 図星だった(笑)。
塩田 続けて「関学入ったらモテるで」と言われたその瞬間から、僕は英単語を覚え始めました。
有働 素直か!
塩田 騙されたと気づいたのは、入学後のことです。就職も似たようなもので、姉が新聞社はいいというので新聞社しか受けなくて。よう考えたら全部コントロールされて僕はアホですね(笑)。
有働 お母様の読み聞かせに始まり、塩田家は女系の力が強い。
4歳からスナック通い
塩田 父は父で変わった人で、僕は4歳からスナックに連れていかれていました。当時カラオケが1曲200円。常連の人が歌おうとすると父が「武士、歌わはるぞ」と言うので僕が100円玉のたくさん入ったザルから2枚取って機械に入れる。そうしながら、父がママや常連の人と話すのをじっと見ていました。
有働 塩田家の英才教育はなかなかすごいなぁ。
塩田 今思うとそれぞれキャラクターが濃くて、それを一番小さい人間がずっと見続けていたんですね。
有働 型破りに育った人って、逆に自分の子どもには教育熱心で、私立に行かせるとか海外留学させるというイメージがありますが、どうです?
塩田 確かに子どもには勉強してもらいたいですね。スナックと松本清張じゃ、小説家にしかなれないと思うので。
有働 それこそお子さん世代は、SNSの心配もありますよね。
塩田 まだスマホを触らせていないのですが、触らせる前に必ずルール作りをしようと思っています。『朱色の化身』(講談社)でゲーム依存の話を書いた際、ゲーム依存治療の先駆者の医師に話を伺ったのですが、基本的に依存症というものは簡単にアクセスできるものほど危ないのだと。スマホほどすぐ触れられるものはないし、SNSもゲーム依存も現代の病やなと思いましたね。
有働 それをお子さんにはどう説明しますか?
塩田 幸い本好きなので、このまま読書を続けてほしいです。おそらく子どもの人生はオンライン上にいる時間が長くなるだろうけど、“良質な孤独”を手に入れてほしいというのは言おうと思っています。
有働 良質な孤独、ですか?
塩田 寂しいことを手軽に紛らわそうとせず、オフラインの時間をどれだけ確保できるかが大事だよと。本を読んだり旅に行ったりして、ものに直接触れてほしい。僕は仕事道具にも凝っていて、愛着あるものを手入れしながら長く使うという感覚を大事にしています。質感が薄れていくデジタルの時代だからこそ、ものや、ものづくりをしている人の哲学に触れてほしいです。僕自身も、ものづくりをしていますし。
有働 まさに。
塩田 ものづくりをするとずっとそれを考えながら暮らすことになるので、最終的には哲学であり本質を目指す旅だと思っています。そういう人たちに触れられるのがオフラインの時間ですよね。近頃は「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉もありますが、SNSより、こうして直接会う方が話を深める近道になりますしね。
※本記事の全文(約8700字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(塩田武士×有働由美子「プライバシーを暴かれる準公人って何やねん」)。記事ではこの他にも、漫才と小説の関係、橋本忍の教え、新人作家の原稿の読み方などについても語られています。
出典元
【文藝春秋 目次】永久保存版 戦後80周年記念大特集 戦後80年の偉大なる変人才人/総力取材 長嶋茂雄33人の証言 原辰徳、森祇晶、青山祐子ほか
2025年8月号
2025年7月9日 発売
1700円(税込)

