ある日、ネット上に突如書き込まれた「宣戦布告」。そこには、83人の名前、住所、職場……あらゆる個人情報が晒されていた——。
SNSで苛烈な誹謗中傷を行う人々への復讐から幕を開ける塩田武士氏の小説『踊りつかれて』のテーマは、「週刊誌の罪×SNSの罰」だ。人はなぜ、誹謗中傷を繰り返すのか。著者の塩田氏と有働由美子氏が語り合った(初出「文藝春秋」2025年8月号)。(全2回の1回目/続きを読む)
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有働 塩田さんの新著『踊りつかれて』(文藝春秋)、本当に面白かったです。私は見本で読ませていただいたのですが、完成した本の装丁が凝っていて素敵ですね。色合いも質感もかっこいいし、女性のハイヒールとマイクスタンドが印象的に配置されていて、読了した後に見るとまた感慨が湧くデザインです。
塩田 僕は30年は持つ小説を書きたいと思っているので、装丁も大事にしているんです。読者の所有欲を満たし、自宅の本棚に飾って読み返したくなる、普遍性のある本にしたい。自分でも必ずデザインを提案しますし、編集以外の部分にも口出しします。それは、僕が労働組合の執行部にいたからだと思うんです。
有働 えっ、装丁と労働組合がどう繋がるのですか!?……と伺う前に、塩田さんの経歴を簡単に紹介させていただきます。1979年、兵庫県に生まれ、関西学院大学卒業後に神戸新聞社に入社。2010年に『盤上のアルファ』(講談社)で小説現代長編新人賞を受賞して小説家デビュー。2012年に新聞社を退社し、『罪の声』(講談社)、『存在のすべてを』(朝日新聞出版)などヒット作を出してこられました。労働組合の執行部に入っていたのは、新聞社時代のことですね。
「組合として塩田の小説をどう思っとるんや!」
塩田 昔お世話になった委員長に口説かれ、断るために「小説の題材にしますよ」と言ったら、構わないと。やむを得ず小説家と記者、組合と三足の草鞋を履きました。退任後に約束どおり『ともにがんばりましょう』(講談社)という作品にしたら、僕の後任が経営側に怒られたという電話をしてきて。「組合として塩田の小説をどう思っとるんや!」と詰められたけど、組合員は誰も読んでいなかったという話(笑)。買ってくれていた経営側の方が優しい……。
有働 たしかに(笑)。
塩田 労働組合では自分のいた編集部門だけでなく、印刷、営業、広告など違った立場の言い分を、一つの労使交渉にまとめる経験をしました。今、出版社の編集以外の部署の人たちとも飲みに行き、装丁のことなどで意見交換するのは、この経験が生きていると感じますね。
有働 週刊文春で連載された『踊りつかれて』は、不倫報道によってSNSで激しい誹謗中傷に遭い、自ら死を選んだお笑い芸人・天童ショージと、週刊誌の記事のミスリードで姿を消した伝説の歌姫・奥田美月をめぐる物語です。序章の「宣戦布告」では、天童や奥田への誹謗中傷をSNSでくり返す人々に対して、名前や年齢・住所・職場・学校などの個人情報を晒してやると脅す、ある人物からの宣言文が綴られている。そこには、「よく聞け、匿名性で武装した卑怯者ども」「誰かが死ななきゃ分かんないの?」といった、痛烈な文言が並びます。
