塩田 2018年に誤報をテーマにした『歪んだ波紋』(講談社)という作品を書いた際のことです。読者の反応を見ていて、SNSで発信している人でも、情報の真偽自体には興味がないのかもしれないと感じることがありました。この危うい状況は小説にして世に問わなければならないと思ってメモを取りだしたのが、今回の作品の始まりでした。
有働 じゃあ、構想は7年前からあったのですか。
塩田 はい。それをどこで発表するかを考えたのですが、週刊文春が2016年からスクープを連発して「文春砲」と呼ばれ、他メディアも「週刊文春によると〜」と報じるようになっていました。そうした“ニュースの中心”で書けば、自分の訴えが響くのではないかと思い、いつか週刊文春から連載依頼が来る日に備えてメモを続けていました。
有働 本当に依頼が来たのがスゴイ。でも、週刊誌批判にあたる内容は問題視されませんでしたか?
“新幹線作戦”を講じて
塩田 そこは策を講じました。導入部分の「宣戦布告」を書いておいて、2022年に編集者が僕の住む京都へ来るために新幹線に乗ったタイミングで、その原稿をメールしたんです。考える余裕は与えず、でも面白かったらゴーを出すはずだと。「週刊誌批判もあるけど続きが気になりませんか?」と聞く作戦です。
有働 反応はどうでしたか?
塩田 興奮気味に「書いてください!」と言われてホッとしました。
有働 私は「宣戦布告」を読んだ時、ドキッとしました。加害者になりたくないから自分からSNSに書きこみはしないのですが、誰かの炎上を目にしてほくそ笑むような気持ちが、心のどこかにもしかしたらあるのかも、と。
塩田 「宣戦布告」の内容は、8つの要素で成り立っています。意見の極性化、事実の軽視、匿名性、準公人の範囲、情報被害の普遍性、炎上への加担、正義とは何か、SNSで遠くから攻撃する安全圏のスナイパー……1つ2つだと響かない読者がいても、8つの矢を射てば、どれかは思い当たる確率が高まります。ある人は罪悪感を覚えるかもしれないし、またある人は怒るかもしれないけど、感情を揺さぶることで小説に引き込もうと考えました。
有働 執筆の準備期間には、女子プロレスラー・木村花さんが、テレビ出演時の言動をSNSで誹謗中傷され、亡くなった事件がありました。小説と似たことが実際に起きていく現実をどう捉えていましたか?
塩田 大きな炎上が起こるたびにSNSの誹謗中傷の中身を確認しましたが、匿名性の陰に隠れ、人の心を抉ってやろうと考え抜かれた言葉が目につきました。小説を書いたからといって解決策を提示できるわけではないですが、SNSに書き込む前に、ブレーキを踏む感覚が広がってほしいという思いはある。現代小説家としていま何ができるかを考え続け、この作品を書きあげました。
有働 この対談前、塩田さんと週刊文春編集部に突入してきました(笑)。私が編集長に、不倫スキャンダルで俳優さんの人生が狂うことに良心の呵責はありますかと尋ねたら、「まぁあるにはあるけど、そんなに……」みたいな答えでしたけど、どう受け取りましたか?
