匂いでマグロを見分ける
それが3億円オーバーの史上最高落札額につながったのだ。
「私は最高額にこだわったわけではないんです。一番マグロじゃなくていい。いちばん美味しいマグロをお客様に提供できればいい。よく宣伝のために高額で落札しているんでしょう、なんて言われますが、それは違う。3億円の翌年の落札価格は1億9320万円でした。競りの現場に行けば、それが良いマグロかどうか、すぐにわかります。
切り落とされたマグロの尻尾の断面を見て、肉質や匂いを確かめるんですよ。身をピッと出して、ちょっとなめたりすれば、柔らかさとか酸味とか脂のノリとか、全部わかる。昔はねえ、腹を割ってたんだ。(手刀を切るように)こうやって脇を少し割って、その少し横っちょに手を入れて、それから尻尾のほうへ、こうグーッと下がってきて、指を入れて。そうすると、美味しくないマグロは血の匂いがするんです。血は巡るから、そういう匂いのするやつは全身が臭くて美味しくないんですよ。私は臭いヤツなんか絶対買いません!」
“マグロ大王”とも呼ばれる木村の語り口は熱を帯びていく。2001年に築地場外市場に「すしざんまい本店」をオープンしてから25年。「おすしといえば、すしざんまい」と手を広げてポーズを決める柔和な笑顔の裏には、裸一貫から「水産ビジネス」と格闘してきた、厳しい勝負の歴史がある――。
木村は、1952(昭和27)年、千葉県の農家に生まれた。父は休日に鴨撃ちに出かけたり、アメリカンバイクに跨ったりもしたという。暮らし向きは良かった。
だがその父は木村が3歳の頃、交通事故で急逝し、豊かだったはずの母子は経緯の不明な2000万円の借金を背負うことになってしまう。(文中敬称略)
※本記事の全文(約10500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と、「文藝春秋」2025年11月号に掲載されています(松浦達也「すしざんまい・木村清『世界はまだまだバラ色なんですよ』」)。全文では下記の内容をお読みいただけます。
・足が足りないタコならば
・すべての事業を手放した
・友人たちの「マグロファンド」
・「喜よ寿司」の誕生
・“職人改革”
・マグロを“備蓄”する
・「サムシングニューがいっぱい」
・赤海老、ニシン、キャビア……

