「音楽の伝記映画」でないところが気に入ったんだ
――あなたの伝記映画を作りたいと言ってきた人たちは、過去にもいたかと思います。なぜ、このプロジェクトには乗り気になったのですか?
ブルース・スプリングスティーン 「音楽の伝記映画」でないところが気に入ったんだ。これはむしろ、「音楽も入っている人間の考察」だ。それに、これは、僕の人生のごく一部だけに焦点を当てる。31歳から32歳にかけて、僕が人生で初めて個人的な試練に直面していた頃に。
スコット・クーパーは、ウォーレン・ゼインズと共に(ニュージャージーまで)僕に会いに来てくれ、僕たちは午後を一緒に過ごした。話をしながら、僕は、これをどんな映画にしたいのか、この監督は完全にわかっていると感じたよ。彼が作ろうとしたのは、まさに「ネブラスカ」を映画にしたようなもの。メジャースタジオ作品であっても、インディーズのように感じさせる映画だ。
スコットの過去作を見て、彼はブルーカラーの生活をしっかりととらえるフィルムメーカーだとも、僕は感じていた。僕はブルーカラーの男だ。いくらか成功はしたかもしれないが、今も育った地であるニュージャージーのコミュニティで暮らし続けている。
「あまりにもパーフェクト」だったジェレミーの演技
――ジェレミー・アレン・ホワイトとはイギリスでのコンサート会場で初めて会い、話をしたそうですが、撮影が始まってからも、あなたとジョン・ランダウはたびたび現場を訪れたそうですね。
ブルース・スプリングスティーン ジェレミーは本当に寛大な人。僕みたいな男を演じるだけでも大変だろうに、本人がそこにやってきてはカメラの横で見ているんだからさ(笑)。よくも耐えてくれたと感謝する。
ジェレミーは、ものすごく準備してこの役に挑んでいた。僕にはちょっと質問してきただけで、実際にどれだけ練習しているものかまるで知らなかったから、ライブ演奏のシーンを見た時にはぶっとんだよ。あまりにもパーフェクトで。僕なんかいなくても全然大丈夫だった。
――1980年ごろのあなたのインタビュー音声を聞いてあなたの話し方を研究していたジェレミーのために、あなたは脚本の一部を読み、録音してあげるということもしたそうですね。ジェレミーは毎朝、それを再生して準備をしたと。
ごく一部のシーンだけれどね。僕はよく人に「今、起きたばかり?」と言われるしゃべり方をするもので。どの時間でも、僕はそうなんだけれど(笑)。とは言え、ジェレミーは僕の物真似をしようとはしなかったよ。彼は僕のエッセンスをつかんだ上で、自分のものとして消化し、キャラクターになりきったんだ。すばらしいよ。


