セツが身につけた教養や振る舞いに納得

しかし、しばらくすると疑いは晴れてくる。この時代の人々は、その出自によって言葉遣いや立ち振る舞いに歴然とした違いがある。貧しくともセツは士族の娘だ。礼儀作法をしっかり身につけているし、所作に気品が感じられる。また、生花や茶道、文学などに関するひと通りの知識もある。そんな女性が百姓娘のはずがないと、ハーンも自分の早とちりに気がついたようだった。

また、当初は気に入らなかった彼女の体形についても、理由を知るとそれが好ましく思えてくる。セツは少女時代から家族を養うために過酷な機織の仕事に従事してきた。手足が太くなり、指や掌(てのひら)も荒れて硬くなったのも、すべてはそのせいだ。そこに日本人が美徳とする「孝」を感じた。

「ママの手足が太いのは、少女の頃から一生懸命に機を織ったから。すなわち親孝行をしてきたということだよ」

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長男・一雄が幼い頃、ハーンはよくこう言ってセツのことを褒め、親孝行の大切さを説いたという。

家事を完璧にこなし、察しも良かったセツ

セツは何事にも手を抜かず、女中の仕事にも必死に取り組んだ。キビキビとよく働き、掃除や炊事を完璧にこなす。その仕事ぶりを見ていれば、真面目で正直な性格だとわかる。また、彼女はハーンの拙(つたな)い日本語もすぐに察し、彼が理解できそうな言葉を選んで上手く意思を伝えてくる。頭の回転が速く、コミュニケーション能力が高い。

物怖じしないところも気に入った。何か意見を問えば、自分の思ったことを包み隠さずズバズバ言ってくるから会話が弾んで面白い。気がつけばセツにすっかり心奪われていた。

ハーンにはアメリカの新聞社時代の部下エリザベス・ビスランドや中学校の同僚・西田千太郎など、数は少ないが心を許した人々がいる。猜疑心(さいぎしん)が強い反面、信じた相手には隠し事など一切せずにすべて打ち明け、窮地に陥れば恥も外聞も捨て助けを求める。絶対に自分を見捨てないと信じている。甘えていると言われたら、そうなのかもしれない。