そして、信じて心を許した者のなかにセツもくわえられた。やがてそのなかの序列最上位となり、世の中で最も信頼して最も愛する人となっていく。
ハーンはセツを信用し、セツも優しい彼に…
一方、この頃のセツはハーンのことをどう思っていたのだろうか。「手足が太い」「士族の娘ではない」と散々に言われて、初対面の印象は決してよくなかったと思う。
しかし、一緒に暮らすようになってしばらくすると、こちらもまた印象が大きく変わっていく。ハーンは雇用主だからといって威張るようなことは絶対せず、弱い立場の者への配慮を忘れない。優しい人物だということがわかる。
住み込みで働くようになってまだ間もない頃、ハーンが虐待(ぎゃくたい)され水に溺れていた子猫を助けて、一緒にびしょ濡れになりながら帰ってきた。その光景がセツの目に焼きついて忘れられず「その時、私は大層感心致しました」と、思い出話によく語っていた。この時にはすでに彼女もハーンには特別な感情を抱いていたのだろう。
しっかり者のセツにとっては支え甲斐があった
ふだんは優しく細かい気遣いもできる。そんなところが好きになった。しかし、神経質で傷つきやすい心は、何かあれば瞬時に怒りが沸点に達して短慮な行動を起こし、子どものように意固地になってしまう。まわりに迷惑をかけて、自分もいちばん損をする。何度もやらかすのだが懲りない。住み込むようになってからはセツもそれで悩まされた。考えすぎて落ち込み神経衰弱になることもよくあるし、また、金銭感覚がなく散財を繰り返す。誰かが管理してあげないと生活が破綻してしまう……色々と手のかかる面倒臭い男だった。
何かやらかしても、外国人だからと大目に見てもらっているところはある。また、外国人のアドバンテージで高給を得ているけれど、普通の日本人ならとっくに社会不適合者になっているだろう。実際、アメリカではそうだった。来日直前まで無一文の借金まみれで、知人の家を転々として居候暮らしをしていたのだから。
しかし、それはセツのストライクゾーンど真ん中か? 私がいないとこの人は生きていけない。そう思うと愛おしくなって余計に世話を焼いてしまうのだった。
作家
大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』(角川文庫)などがある。
