結末よりも重要なのは過程と登場人物の魅力

――信長が死ぬことも、一色五郎が謀殺されることも、歴史的な事実として結末を知る読者は多いと思います。それでも物語に圧倒され続けて読む手がまったく止まりませんでした。

和田:こういった時代なので、『最後の一色』に関心を持ってくれた読者は、ネットで登場人物の名前を調べるだろうし、それで「ああ、こういう結末になるんだ」と分かるところまでは、すぐに行くと思うんです。これは仕方がないことというか、ミステリーの種明かし、いわゆる「ネタバレ」とは、趣がちょっと違うはずです。たとえば、映画の『ロッキー』だって勝ち負けはあまり重要ではなく、そこに至る過程でどれだけ楽しませてくれるかに、見ている方は関心がある。

 だからネタバレ云々ではなく、やはり大事なのは過程を楽しんでもらうということ……史実をちゃんと調べて全部拾い、その隙間を埋めていく。さらに重要なのは、登場人物が読者にとって魅力的であることです。読者に好きになってもらえるように、どの人物も心血を注いで描いています。好きになっちゃったら、やっぱりその人物を追いかけたくなりますよね。そういう“装置”として、登場人物のキャラクターや配置というのも常に考えていました。

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和田竜さん

――今作は本当に魅力的な人物が非常に多いですが、作者として思い入れの強い人物をあえて挙げるとすれば?

和田:うーん、甲乙つけがたいですが、五郎は主役なので別格として。もうひとりの主役ともいえる長岡忠興は、言ってみれば読者の視点に近いんです。誰しもが青春時代に「絶対かなわない」という、超人のような人物が周りにひとりくらい近くにいるじゃないですか。そういう人を見ている凡人としての自分。自分を含めた多くの人たちの視点が、この忠興という人で、そこに共感してもらえたらいいなと思いながら書いていました。

 あとは、新聞連載の時に奇妙に人気があったのが、稲富伊賀ですね。もともと、伊賀は歴史上有名な人物だとは知っていましたけど、一色家の家臣だとは知らず、雑誌の企画で宮津市に行った時に初めて「ああ、あの稲富ってこの一色家の家臣だったんだ」と知ったくらいです。ちょっと変わった人で。後年、細川ガラシャを見殺しにしたことで追われる身になるんですが、「もうそろそろ許されそうですよ」みたいなことを、漏らした手紙が史料に残っているんです。「こいつ、自分のやらかしたことをあんまり自覚してないんじゃないか」みたいなところがあって(笑)。そんなところから人物像を想起していきました。

 12年ぶりに小説を書くと「SNSってこんなに発達してるんですか!?」と驚くくらい、リアルタイムで感想をいただけたんですが(笑)、連載中も伊賀のバトルシーンになると、つぶやきがブワーッとやたらに増えるんです。彼は最後まで生き残る人物なので、他の武士たちとは違うようにしたかったし、史実としてもだいぶ変わった経歴を最終的に歩むことになる。そういう雰囲気の人物にしたからこそ、好きになってもらえたのかなという感じはしています。

――忠興の妻である玉(後の細川ガラシャ)も、これまでの「かわいそうな悲劇のヒロイン」というイメージとまったく異なる雰囲気に驚きました。

和田:そうですね。これが天正7年(1579年)から天正10年までという、短い期間を描くことによる利点のひとつなんです。みんなが知る前の姿を描くことができる――10代の時には、ただの従順な女性だった。それが天正10年の悲劇(本能寺の変)から、彼女の人生は変わってしまう。実際、そうだったんだろうなという感じはしますし、それを書きたいと思いました。