「ヘビメタライブができる葬儀場」はなぜ生まれた?
――葬儀業界で活動を始められて30年ほどが経ちました。この間、葬儀のスタイルの変化はありましたか。
関根 大きく変わったと感じるのは、2011年の東日本大震災ですね。その頃から「家族葬」というスタイルが認知され始めました。家族葬は今でこそ当たり前になりましたけど、かつては恥ずかしいものとして捉えられていたんです。昔の葬儀は、金は出さないけど、口は出すタイプのおっちゃんやおばちゃんが親戚や町内会に必ずいました。「もっと祭壇を豪華にしないといかん」とか言ってくるんですよね。
そういう目を気にすると、どうしても葬儀は大掛かりになってしまいますし、家族葬や密葬はやりにくい。時代が変わって、そういう人たちが高齢化して参列が難しくなったことや、震災直後の何事も控えめにしようという風潮もあって、このころからコンパクトな葬儀のスタイルが浸透しました。
――社会を大きく変えるほどの出来事が葬儀にも影響したわけですね。そういう意味では、コロナ禍の影響はいかがでしたか?
関根 コロナ禍の頃には家族葬も定着していたので、より一層「個人」に焦点を当てるスタイルが増えました。それまでは「〇〇家の葬儀」だったんです。例えば、私が亡くなれば「関根家の葬儀」として、親戚が集まり相談して、故人を送り出す。
コロナ以降は「関根さんの葬儀」となりました。故人を思って送り出そうという風潮が強くなり、家族葬などのシンプルなスタイルが求められている印象です。最近のトレンドは「パッと集まって」「思い入れがギュッと詰まっていて」「サッと解散する」。会計もライトなものを求める方が多くなってきました。
――コロナ禍では、そもそも葬儀の会場に集まることもできない時期もありました。「オンライン葬儀」というスタイルも注目され、関根さんも取り入れられたそうですね。
関根 当社も流れに乗ってみました。ところが、オンラインで配信してみると、お坊さんがずっと読経している後ろ姿の映像が流れるだけなので「画」がつまらないんですよ。そんな映像を1時間近く配信したところで誰が喜ぶのかと。その時の問題意識が、ヘビメタライブできる葬儀場のアイデアにつながりました。
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