北海道でヒグマが人里に出ている。たまたま1頭が出たわけではない。連日のようにあちこちで出没している。
理由は2つ。1つはヒグマの個体数が急激に増えたこと。2つめは地球温暖化による昆虫の異変である。私が北海道大学の学生だったころ(1986年〜1990年)、北海道のヒグマ生息数は2000頭から3000頭と推定され、絶滅するのではないかとまで言われていた。
だが、つい最近、私が専門家に聞くと2万頭を超えるくらいに増えているかもしれないというのだ。この30数年で実に10倍近くまで増えたのである。これはヒグマ保護のためにとられた春グマ駆除中止が大きな原因だと言われる。
増えたヒグマたちが深い森のなかで暮らしているならば両者とも幸せであった。だが、森のなかにヒグマの餌である植物の実が成らなくなってきた。ためにヒグマは食べ物を求めて街に出るようになった。植物というのは受粉しないと結実しない。その受粉を担っているのは昆虫なのだが、地球温暖化で昆虫たちが減少しているようなのだ。われわれ哺乳類と違って、昆虫は気温の変化に弱い。
春グマ駆除をするとかしないとか地球温暖化とか、これすべて人間が原因である。人間は自分でやったことでしっぺ返しを受けている。人間が自然をコントロールしようとするなど驕り以外のなにものでもない。
もともと北海道はアイヌの土地であった。アイヌの人たちはヒグマを神として崇め、互いに共存していた。そこに日本人たちが分け入り、開拓の名を借りて自然を壊してきた。摩擦が起こり、多くの羆害(ゆうがい)事件が起きた。そのなかでも最も悲惨だったのが三毛別ヒグマ事件だ。記録として『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』(文藝春秋)をものしたのが木村盛武氏である。淡々と書いているからこそ伝わる恐怖がある。以下、文庫化されたときに私が書いた巻末解説文を転載してもらう。興味を持った方はぜひこの本を読んでほしい。ヒグマがいかに危険な猛獣なのか理解していただけると思う。
三毛別事件のヒグマは1頭で7人もの人間を食い殺した。同じような事故が明日起きてもおかしくない状況になってきた。行政には早急の対策をとっていただきたい。
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解説 永劫語り継がれる大傑作ノンフィクション
本書は北海道開拓時代に起きた三毛別ヒグマ事件――一頭の巨大ヒグマが一週間にわたって開拓部落を襲い、七人を食い殺して三人に重傷を負わせた凄惨な事件を、克明かつ詳細に綴った記録である。
事件は、冬眠に失敗して餓えた凶暴なヒグマが、開拓部落の一軒の家を襲ったことから始まる。預かり子の幹雄は一撃で撲殺され、阿部マユが血まみれにされて熊に咥えられ山に連れ去られた(後に大半が食された無残な死体が土中から発見された)。
この事件を受け、最終的に北海道警のほか、陸軍歩兵連隊、消防組、青年団など、官民合わせ延べ六百人、アイヌ犬十数頭、鉄砲六十丁もの大討伐隊がこのヒグマに挑んでいく。しかしヒグマは吹雪と暗闇にまぎれ執拗に開拓部落を襲撃し、一人、また一人と人間を食い殺す。万策尽きた人間たちは殺された仲間の遺体を囮にしてヒグマをおびき寄せるという最終手段に出たが、ヒグマはそれをあざ笑うかのように人間たちを翻弄していく。いったいどうしたらあの悪魔を倒せるのか――。この稀有なモチーフとリアルな描写で、本書は日本文学史に永劫語り継がれるであろう大傑作ノンフィクションとなっている。
