クマ被害に揺れる日本社会。その背景には何があるのか。書籍『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)より、クマ外傷治療のエキスパートである中永士師明医師へのインタビュー記事を抜粋して紹介する。
なぜ被害は急増しているのか。救急現場ではどのような傷が多く見られるのか。そして、クマの暴走を招いてしまう「NG行動」とは?(全3回の3回目/はじめから読む)
◆◆◆
市街地に出没する“アーバンベア”の衝撃
2024(令和6)年11月30日、秋田市内のスーパーマーケット、いとく土崎みなと店にクマが侵入。数日、クマが店内に立てこもったニュースを記憶している方も多いだろう。怪我を負った40代の店員が搬送されたのは、秋田大学医学部附属病院高度救命救急センター(以下、同センター)だった。そこでセンター長を務めているのが、中永士師明教授だ。
「襲われた従業員さんは、顔にざっくりとした切り傷を負っていました。バックヤードで作業をしていたら『何かが入ってきた』と感じたそうです。最初はイヌが迷い込んできたと思ったらしい。ところが実際はクマだった。気がついた次の瞬間には、バーッと襲いかかってきたようです。
侵入経路は、商品などを搬入する扉。人や商品の出入りが多く鍵がかかっていません。一般的にクマはものすごい獣臭がするといわれていますが、一瞬の出来事でにおいに勘づく間もなかったようです」
このスーパーマーケットのあった秋田市土崎は、秋田市でも比較的中心部で、住宅も密集するエリア。秋田県でも、市街地に出没する“アーバンベア”は確実に増加している、と中永教授は語る。近年まで市街地での受傷例は、ほとんどなかったという。
「クマは一度市街地に出て食物があることが分かると、それを覚えてしまいます。親子グマの場合でしたら、母グマについていった子グマが山の中ではなく市街地で食糧を確保できると知ってしまうと、また出てきてしまう。
子グマはおおよそ2歳頃まで母グマと一緒に生活していますが、独立して一頭で生きていくようになってから、市街地の食糧事情を覚えていて下りてくるというパターンもあります」
中永教授が秋田大学にやってきて20年以上。これまで同センターで直接治療に当たったクマによる傷病者は50人ほど。前任は岩手医科大学。そこでもクマによる受傷の治療だけでなく、受傷に関する学会発表を手掛ける機会もあった。岩手もクマによる傷病者は多いエリアで、多くの傷病者を見てきたが、秋田の方がずっと多くなったという。

