クマ被害に揺れる日本社会。現場では一体何が起きているのか。書籍『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)より、北海道のヒグマに襲われた猟師・山田文夫さん(当時69歳)の事例を抜粋して紹介する。

 2022年7月、役場からの通報を受けて同業者のSさんとクマの出没現場に急行した山田さん。そこで彼らを待ち受けていたのは——。(全3回の1回目/続きを読む)

北海道に生息するヒグマ(写真:IBUKi/イメージマート)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

クマに銃が命中。崖の下に転がり落ちたが…

 山田さんとSさんの二人は銃を持ち、現場に向かう。道路上では発砲できないため、高くなった道から下のくぼ地へと降り、身をかがめクマに気づかれないよう身を隠した。そこから草を食べている二頭を狙う。距離は約60m。地形は知り尽くしていた。

山田さんがクマともみあった現場周辺の地図(作成=風来堂)

 山田さんは牧草地の内側にいる一頭を、Sさんは牧草地の淵にいる一頭に向かって同時に発砲。しかしSさんの弾は外れ、驚いたクマは崖下へと逃げていった。山田さんの弾は狙ったクマの横腹に当たった。クマは一度倒れたが起き上がり、牧草地の淵まで歩いていった。そして、淵ぎりぎりの場所に座り込んだ。

「逃げたクマよりは、目の前のほうをやっつけるのが先。その座り込んでいるほうを二人で同時に撃ったら、その反動で崖の下に転がって落ちたんだわ。これがまず、一つ目の誤算さ」

 崖の高さは6~7mほど。二人はお互い二発ずつ撃ったあと、急いでクマが落ちた地点へと走り、上から下を覗いた。

牧草地の淵から崖下の林を覗く。当時はササ藪に覆われていたが、皮肉なことにここ1~2年はまったくササが育たず見通しが良い(撮影=風来堂)

 山田さんは地面についた血のり、転がっていった跡のササに血がついていたことから「クマは死んでから転がっていった」と思った。しかし一部分のササ藪がガサガサと動く。「なんだよオイ。動いてるわ!」と、山田さんは動くササ藪から目を離さないようにしながらSさんを崖の上にとどまらせ、崖の中腹まで下りて足場を固めた。

「姿が見えたら撃ってやろうと思ってさ。そうしたら、動いていたササが動かなくなってね。あれ? と思ったら、先に逃げていた一頭がどこからか走ってきて、木につつつーって登ったのよ。上にいるSくんが撃ったら、今度はそのクマは滑るようにして木から落ちてきたから、弾当たったかな? と思っているうちに、さっきまでピンポイントで凝視していたクマの居場所を見失っちゃって。これが二つ目の誤算」