「山田さん! 動いているわ!」

 しばらく見当をつけてササ藪を見つめるものの、動きはない。「少なくても二発は当たっているし、今度こそ死んでいるな」と思った山田さんは、クマの死骸を確認するため、さらに崖を下りていった。

「確かこのへんだったよなぁ」とササ藪を進む。上にいるSさんの「山田さん! 動いているわ!」という叫び声が聞こえたか聞こえないうちに、突然、ササ藪の中から半矢(手負い)のクマが正面から襲いかかってきた。

 その瞬間、山田さんは仰向けに倒され、持っていた銃はどこかに飛ばされてしまった。クマと目は合っていない。気づいたら鼻先が顔の目の前にあり、クマの開いた口や牙が見えたかと思うと、顎に食いつかれた。実際にはその前に頭を爪で引っかかれ、その傷はかなりの深さだった。

ADVERTISEMENT

過去に駆除したヒグマの顎骨を山田さんが見せてくれた。犬歯が噛む力の強烈さを物語っている(撮影=風来堂)

「どう嚙まれたかなんて、順番は分からん。ただクマとくっついて格闘して引っ張り回されたな。顎にがっつり嚙みつかれてたから、下の入れ歯は割れて、口は裂けたしね。

 目のところも引っかかれてさ。クマの爪痕がまぶたの上と下に残っているんだけど、眼球をえぐられなくて良かったよ。腕や腹も嚙まれながら、足で蹴ったり手で殴ったりと抵抗したな」

「撃ってくれ!」Sさんに呼びかけるも…

 自身が命がけの格闘を続ける中、Sさんには「来るなよ! 来るなよ!」と叫んでいた。

「しつこい! しつこい! いつになったら離れるんだ!」という思いが繰り返し脳裏をよぎった。クマは体重70~80kgくらいで、そんなに大型ではなかったという。Sさんが「うわーっ!」と大声を出すと、ふっと自分の身体からクマが離れて隙間ができる瞬間があった。

「これはと思って、空砲を撃ってもらえばもっと離れるんじゃないかと思ってさ『Sくん! 撃ってくれ!』って叫んだのさ。そうしたら『山田さん、弾ないんだわ! 取ってくるわ!』って言って、車まで弾を取りに行っちゃったのさ。あれは参ったな(笑)」

次の記事に続く 「クマがどう俺を食べるか見届けなきゃ」顔を噛まれ“約70針”縫う大けがに…ヒグマと闘った69歳男性が語る“退院後につらかったこと”

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。