戦前~戦後の北海道の奥地では、ヒグマの気配を身近に感じて暮らしていた人間とヒグマの死闘が繰り広げられていた。民家のすぐそばにやってくるヒグマの恐怖などが克明に綴られた名著『羆吼ゆる山』(今野保著、ヤマケイ文庫)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/最初から読む)

エゾヒグマ(北海道斜里町) ©時事通信社

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おじさんはまさかりを熊の頭めがけて…

 足音を殺して熊の背後に忍び寄り、鉞(まさかり)をそうっと頭上高く差し上げた。熊は己れの爪を打ち込んだ獲物に気をとられていて、後ろに迫ったおじさんには全然気がついていない。そろりと一歩前進したおじさんは、大きく振りかぶった鉞を思いっきり、熊の頭めがけて打ちおろした。ガツンと、したたかな手応えがして、鉞が撥ね返った。

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 サッと体を横にかわしたおじさんが、もう一度鉞を振り上げたとき、馬小屋の入口を離れた熊は目がくらんだようにぐるぐると回っていたが、そのまま沢なりに奥の方へ走り去っていった。馬を見ると、耳の後ろのたてがみから平首にかけて、鋭い爪で引き裂かれたのであろう、大きな傷が口をあけている。

 幸いにも、馬栓棒にアオダモの丈夫な木を使っていたため、熊の重みでそれが折れず、小屋に入り込めなかった熊は、ついに馬を地面に引き倒すことができなかった。そこへ、銃を持った父や私たちが駈けつけたのである。

著者の父親は、ライフル銃を背に熊の足跡を辿っていった

 私たちが学校に出かけた後で朝飯を終わらせた父は、ウインチェスターを背に熊の足跡を辿っていった。足跡に並行して点々と血が落ちていて、鉞の一撃によって熊が頭部にかなりの傷を負ったことは間違いないと思われた。川を渡ったとみられる辺りに血は落ちていなかったが、川から上がったとみられる箇所には、またもや小道伝いに点々と血の跡が続いていた。しばらく行くと、昔、造材山で木材の流送(りゅうそう)に使った堤の跡があり、そこは約3メートルほどの滝になっていた。滝の10メートルあまり手前の左側に大きな岩があって、小道はそこから左の斜面を登り、大きく右回りに滝の上へ出られるようになっている。大岩の手前から左のヒラに上がるべく足を踏み出したとき、父はふっと何かの異状を感じて足を停めた。そこには、今まで続いていた血の跡がなかった。

 2、3メートル後退した父は、もう一度川岸を調べてみた。血のしたたりは大岩と川の間にある狭い岩棚を通り、堤の方へ行っていた。大岩の前を回って右へ少し進むと、滝が見えた。落下する水がドウドウと耳をつくほどの音をたて、滝壺では白泡が湧き返っていた。